兼続が白蛇の君とやらの世話係に任命されてから二週間ほどたったろうか。
慶次は思い返す。
最初はよろけてばかりだった殿(軍神殿が名づけたそうな)もすっかり野山を歩けるまでになった。
昼のうちに夏の山菜やキノコをとってきては上杉の台所に持っていき、はじめは蛇の化身だと気味悪がられていたけれど、いまや飯炊きの女たちに喜ばれている。
上杉の家臣たちはなんとかの化身だとかなんとかの守り神だとか、軍神殿がたびたび寄せ付けてしまうものだから随分と慣れているらしかった。
「この前はなんとかっていう鳥の神様がきていたのよ」と女中たちはケラケラ笑っていた。

「これでも最近は随分減ったわ」
「前はもっと来ていたのかい、魑魅魍魎が」
「そりゃあもう」
「ひと月に六もなんとかの化身様がおでましになったこともあったのよ」
「でもあの白蛇の子で最後かもしれないわねえ」
「あんた、滅多なこというもんじゃないよ」

―――軍神、病篤し

上杉謙信は死の間際にいる。
未だ軍神は臣下の制止をきかずに酒をあおりなさっているそうだ。
一方で兼続は激務の中にありながら、毎朝夜明け近くに起きては白蛇の君と逢瀬を重ねているのだそうだ。

まともに眠っているのだろうか。

慶次はふと思って、危うさを感じた。
(おそらく間も無くの主君の死による人事で生じている)激務の上にいらぬ任まで手を出して、忙しく忙しく仕立てて自分を追い詰めているのではなかろうか。
慕う主君の死が近くに見えるのから目をそらすために。
今はそれでもよいけれど、本当に軍神がみまかられた時にはそれでは困るのだ。
直江兼続はそうあってはならない。






ある朝、夜が明けるか明けないかという時間に手を引き歩く恋人たちの姿があった。

「ひとりで歩けるようになったから今度兼続のところへ行きます」
「私も殿のところまで参りましょう」
「わたしと兼続の真ん中で会えるのですね」

とても蛇と上杉の重鎮の会話とは思えない。
蛇様がなにか呪いでもかけて兼続を追い詰めているのなら皮をなめして鎧に着けて、残りは酒に漬けてやろうと思ったけれど、どうにもいけない。

「ありゃあ邪魔したら俺が松風に蹴られるだけだねえ」



<<    >>