軍議の終わり
あらかた人がいなくなった円卓
滅多に表情を崩さない諸葛孔明のため息など聞いてしまったのは、隣の席にいた張飛と関羽である。

「おうおうどした軍師殿!珍しいな!」

相変わらず大きな声である。
自慢の髭を撫でつけながら、関羽も孔明を向いた。

「いえ、なんでもありません」
「お湯くせえじゃねえか!俺たちに言ってみな」
「張飛殿、それを言うなら”みずくさい”です」
「そうそう!水くせえじゃねえか!」

張飛に笑いながらばしばしと背中を叩かれた。やや痛い。

「張飛殿」
「おう?」
「娘とは、どのように叱ればよいものでしょうか」

組んだ指に額をのせて、はぁーっと深いため息。
先日の処刑場での一件、諸葛亮は30分間対面したままほどんと何も言えなかったのである。
張飛と関羽は見たことのないものを見てしまい、顔を見合わせた。
特にに会った当時、完全に酔っ払っていた張飛はまず諸葛亮に娘なんていたっけというところから思い出さなくてはいけなかった。

「娘ってぇと、ええと、いくつくらいのだ?」

張飛にも星彩という娘がある。

「・・・精神年齢は8歳」
「はっさい!んなもんあれだ、尻をバチーンと一発ひっぱたいてハイおしまいってなもんよ」
「尻・・・困難です」

見た目は8歳ではないから、そういうプレイみたいになってしまう。

「関羽殿はいかがでしたか。関平が子供のときの叱り方は」
「ふむ。我が家も養子をとった部類ゆえ参考になればよろしいが。我が家では」

関羽もまた子育て経験者である。
また真面目な性格の御仁であるから、張飛の教育方針よりは参考にすべきところはあろう。

「尻をバチーンといたす」
「・・・」
「だよなあ!あっはっはっ!」
「それ以外にはありませんか?」
「それ以外ぃ?」

張飛は顎に指をあててうーんうーんと頭を悩ます。
関羽は目を閉じて髭を撫で、やはり考えてくれているようである。

「なんつうこういう話はよう、飲みながら話そう、な」






張飛の一言で場所は朱塗りの柱の美しい東屋へ移った。
滅多に私心を見せない軍師であったから、とりあえずべろんべろんに酔わせると、色々しゃべりだした。

はじめはよかった。住み込みの門弟は他にも居たので、同じように家事を手伝い、勉学に励み、諸葛亮を師と仰ぐ。そのようになると思っていた。
は家事を手伝い、勉学に励み、しかし諸葛亮を「父上様」と呼んだ。
趙雲の前では彼をからかって「私がおとうさまですよ」などと言って見たものの本気ではなかったのだ。
家に置いたのは不穏な動きを監視する目的あってのこと、月英にも説明した上でのことだった。けれど、彼女はを真剣にかわいがった。
月英は諸葛孔明が思うよりも強く、子供を授かることを願っていたらしかった。
そしては努めて子供らしく在ろうとしているように誰の目にも映った。
情のうつるような真似をするなと月英に言うことができるだろうか。
なれなれしくするなとに言うことができるだろうか。

「いいものを見つけると、私や月英に見せようとするんです」
「ほう」
「きれいな石や花や、この前は水を持ってこようとして、何度やっても見せる前に全部なくなって、しゅんとするんです。一体私にどうしろというんですか」
「拙者にも経験があること。関平の場合は修行の成果を見せようといつも空回っておりました。身の丈に合わぬ大剣を持って”見ていてくだされ父上”と」

関羽は言いながら、諸葛亮のあいた杯にとっくりと酒を注いだ。
年長からお酌されて、いつもの諸葛亮なら辞するか感情を見せずに「おそれ入ります」などと言うものを今日は注がれた途端呑み干した。

「しかも月英に見せるときはノリノリですが、私に見せるときは恐る恐る・・・やや切ないのは事実」

口元を隠す扇を取ってしまえば、案外若いのだ、諸葛孔明という男は。

「養子と思えば同じ境遇でしょうが、関平は引き取る前からよく慕ってくれた。このアドバンテージが軍師殿のところとは差異を生んでいるように思われる」
「アドバンテージがないっつー意味じゃ、星彩の方が近ぇな!ぎゃっはっはっ!」
「翼徳、ツバが酒にはいる」
「おっとすまねえ!」

張飛の場合酒を樽で飲んでいるので、注ぐとか注がないとかいう話ではない。

「うちの星彩はよう!なんだ!その!だから・・・全然パパとしゃべってくれません」

突然、張飛はぐすんぐすんと泣き出した。

「かあちゃんとは結構話すし、買い物とか一緒に行くのに俺なんて、俺が帰るだけで別の部屋行っちまうし、訓練場で会っても素っ気無いし」

だるまの顔からぼったりぼったりと大粒の涙(と鼻水)が落ちていく。
関羽は、ぽんと弟分の背中を叩いてなぐさめた。

「今はあんな冷たい目でパパを見つめるけどよう、昔はっ、昔はそりゃあかわいかったんだ!パパと結婚するって、ゆってたじゃねえかぁああうああ」

泣き止まない中年は、突如諸葛亮の両肩をガシっと掴んだ。かなり痛い。

「だからようぅ!まだパパにかまってくれる間にチュッチュチュッチュしとけ!?な!?」
「チュッチュはちょっと・・・犯罪というか、不倫に近いというか・・・」
「んなこたあねえよ!かわいがれる内が花だぜ!?絶対そうだぜ!?っていうか今うちがそうだから!実・体・験!」
「うむ。我が義弟ながら恐るべき説得力」
「はあ、そうでしょうか」
「なあんだ俺様がここまで力説してやったもまだ信用ならねえってか。娘がかわいくないのかよっ」
「それをわかりかねているところでこうして相談を」
「じゃあ、聞くけどな・・・」
「はい?」

「どこの馬の糞ともしれねえ男とおめえの嬢ちゃんがイチャコラパラダイスしてても、おめえはほっとけるってんだな!?」

「その男を火刑に処します」

((え、処刑?))



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