西の小競り合いをおさめた。
いくらか斬ったが、機動力に長けた馬超軍と、統率のとれた趙雲軍によって速やかに制圧された。
その帰り路、馬超が馬を並べてきた。
「聞いたぞ、趙雲」
いやらしい目つきで笑ってる。趙雲は嫌な予感を読み取ったので背筋を伸ばして馬の歩みを緩めない。
「例の恋人が軍師殿の門下に入ったとか。俺よりもモテるくせに散々いい女を振ってきた趙雲にもついに本命が現れたというわけだ。城中の女官が泣き崩れるな」
「馬超殿・・・恋人じゃないですって何度言えばわかるんです」
「否定するところが怪しい。趙将軍閣下に下心なしで近づく女がいるとは思えん」
「それは馬超殿限定の経験論でしょう」
「ひどいことを言う。俺だって寝首をかかれそうになったのは六回くらいしかない」
「六回・・・」
「趙雲の恋人殿もどうせそんなもんさ」
「六輔殿はそんな方ではありません」
「ほう、”六輔殿”というのか」
いけない。ついノってしまったと趙雲が後悔した時にはもう遅い。
「年は?」
「身長は?」
「顔は?」
「バストは?」
「ウエストは?」
「ヒップは?」
「あっちの具合は?」
「いい加減にしないと本当に怒りますよ」
「はは!冗談だ。趙雲は生娘のように怒るのでおもしろいな」
この人が発する言葉は絶対六輔殿に聞かせられないと、趙雲はため息をついた。
ところで、世間一般の認識では、六輔は諸葛亮の門下生ということになっているようだった。
娘にするとかなんとか諸葛亮は言っていたが実際口で言っただけで後見人を宣言する契約書があるわけでもない。
「住み込みで軍師殿のところで下働きをしているとも聞いたが?」
「耳がはやい」
「美人の噂だからな。おまえの屋敷で囲えばよいだろうに」
「またそういう。私と六輔殿は馬超殿が思うような関係ではありません」
「じゃあどういう関係だ」
天女と人間です
とは言えず
趙雲が俯くと
「なんだ!やはり趙雲の片思いか!片思いの分際で美人のスリーサイズも教えてくれないとは過保護だ!」
と大声で言うのだ。背後に連なる兵士がドッと笑った。
過保護は自覚しているので、笑われても仕方ない。
趙雲が今日も今日とて”六輔殿”に会いに諸葛亮の邸へ向かっていたところ、獣の内臓で作った巾着を突き出された。布多めの魏延に。
魏延は春風がふけばチラリズムな衣服を常に身に着けているわけではない。仮面は常なのだが、宮廷内での衣服はそこそこ布多めだ。
また、獣の内臓といってもその素材は戦のときの水筒にも使われる物なので、決して見た目にグロいものではない。
「え」という顔で趙雲がほうけていると、魏延は布袋の口をしばる紐をつまんで、もう一度揺らした。
受け取れと言っているように見えた。
趙雲はとりあえず受け取る。
「魏延殿っ」
渡すなりどこかへ歩いていこうとした魏延を引き止める。
「これは一体?」
「・・・コドモ」
「コモドドラゴン?」
「コドモ・・・諸葛」
「軍師殿のこど・・・六輔殿に、これを渡せばいいんですか?」
「コドモ、花、とりたい」
「コモドドラゴンの鼻を討ち取りたい?」
魏延はそれ以上のコミュニケーションをあきらめたようで、のっそのそと行ってしまった。
諸葛亮は城の一角に居を構えている。
そこへ続く道は庭園のように整備されていて歩きやすく、散策に丁度よい。
邸まであと5分という距離で、池を覗き込む六輔を見つけた。
遠目には絵にしたいほど美しい貴婦人が夕暮れの水際に佇んでいる姿にうつる、けれど
「なにか居ますか?」
趙雲の声を聞くと、すばやく振り返って満面に笑った。
好意をもたれているというよりは、なつかれているという表現が正しい。
「元気ですね。どこも痛いところはありませんか」
元気かどうかはわりと本気で心配しているところだ。諸葛亮が彼女を引き取った行為が身寄りのない娘を保護するという善意にのみ基づくものとは思えない。
人ならざるものの監視と研究、そんなところだろう。
「はい、元気です」
「よかった」
ケガもないようだ。
「そうだ。魏延殿が・・・たぶんあなたにと」
袋を渡してみると、六輔はあっと顔を明るくした。
「おや、いつの間に仲良くなられました」
「先日お会いして」
「どちらで」
六輔は袋を開けて、中を趙雲に見せた。
花びらがいっぱいにつまっている。
「木の上で」
木の、上?
「魏延殿らしいといえばらしいですが、六輔殿、木の上は危ないですから」
趙雲はしつけにしてはあまりに優しく肩をとんとんと叩いた。ちなみに六輔と話すとき、敬語を使うようにしたのは軍師殿の娘という立場に収まったことを慮ってのことだが、六輔は一向に気にする様子もない。
「魏将軍にも同じように言われました。花が欲しいと申しましたら、花をとってくださるとおっしゃいました」
「それでこんなに」
趙雲に袋をずいと寄せてくる。満面の笑みだがやりたいことがよくわからない。もう充分に見たが?
「趙雲様にあげたくて欲しいと申しました」
「はあ」
「だから趙雲様に差し上げます」
「あ、ありがとうございます」
嬉しいか、嬉しいかとこちらを見つめてくる六輔は、趙雲の目には主人にねずみをとってきて見せる猫のように思われた。受け取って手のひらにのせ、微笑ってみせる。
「とても綺麗な花びらですね。今度、魏延殿にお礼を申し上げるとよろしいでしょう」
「はい、そうします」
「今日はもう遅いですから、お邸までお送りします」
「・・・もう少し」
趙雲を見上げて呟いた。
「もう少し?」
尋ね返すと
「趙雲様と歩きたいです」
と返った。
趙雲はかっと赤面し、咳払いをして目をそむけた。
そういう意味ではないとわかってはいるものの、面と向かって言われてはさすがにくらう。
あれ、でももしかして
「もしかして、お邸に帰りたくないからですか?」
「おやしきは好きです。でも趙雲様がもっと好きです」
そんな引越しセンターみたいなことを言われてもどう反応すればよいものか。
頭を悩ませて、ちらっと六輔を見てみると不安げだったので・・・
「では、庭内の回廊を一周だけ」
折れた。
過保護、だろうなあ。
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