姫君が誤って水に落ちたと嘘を告げて船に戻った。
まさに濡れ場だと笑い声があがった。皆すっかり酔っている。
劉備や孫権、諸葛亮や周瑜ら幹部はいなくなっていた。帰りを待っていてくれて呂蒙が声をかけてきた。

「陸遜、なぜおまえまでびしょ濡れなんだ」
「水から引き戻しましたので」
「・・・そうか」

呂蒙はそれ以上聞かなかった。呂蒙は陸遜の勤勉な性格上、捕虜から目を放さないことを知っている。何かあったなと彼は気づいているに違いない。
あっという間に姫は兵士たちに取り囲まれた。
彼らを咎めることはできない。同族だ。
あの湖で陸遜は姫君を抱きしめてしまった。一瞬で強張ったのがわかった。
あの大きな目には自分も彼らも同じに映ったに違いない。
一瞬、姫はこちらを振り返った。
陸遜は大きな瞳から顔をそらした。

「着替えてきます」

そうしなさいと呂蒙がうなずいて、逃げるようにその場を離れた。
用意された天幕へ向かうその前にもう一度だけ振り返ってみる。囲まれていた姫君を背の高い、立派な体格の蜀の将軍が救い出した。惜しがる兵士たちに掌をかざし「止せ」とでも言っているようだった。あれは西涼の錦馬超。正義を語るか、その手は姫君の腰に当てられているというのに。

天幕へ飛び込んだ。ずしりと重たい衣服を脱ぎ、軽く髪と身体を拭う。
軽装に着替え、手ぬぐいを両手で顔にあててそれきり動けなくなった。
喉が辛い
息が詰まる。
思い出すのはあの湖の風景のはずなのに湖の風景なんてひとつも覚えていない。
思い出すのはあの目、
長い髪と花の香り
小石を両手で受け取った手の平
つめたいと呟いた声音
抱きしめた温かさ
囲まれて助けをもとめるように向けられた視線を彼は無視した。
つっぷして拳を握り締めた。体中が震える。

「私は、なんて酷いことを」

どんなに鍛えてもどんなに学んでも、己の醜さ幼さを未だ拭えない。
あの少女を守ることさえできない。
いいや、
守ることを放棄して、見殺しにしたのだ。

「私が・・・」



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