陸遜の外套を着た姫君が彼の前までまわってきた。
もやがかる湖畔に並んで膝を抱いて座る。
言葉が見つからない。
この人は今まできっと、馬将軍の天幕にいて、身体を清めたいと言って、だからつまり、あのときに、振り返った姫の視線から自分が逃げたあのときに自分の罪が定まった。
何か言おうとして、噛み殺した。

「どうなさったの」

その声は女のほうからだった。

「泣いておいでだったのですか」
「泣いてなどいません。泣いてなど、その・・・」

陸遜は俯く。

「わたくしのことですか?」
「え」
「わたくしに話しずらそうなので、そうなのかしらと」

陸遜は意を決して姫のほうを見た。

「あなたをつらい目にあわせてしまいました、私は、あなたから逃げてっ」

視線が合ったのはわかっていた。
けれど馬将軍に連れて行かれる娘に陸遜は背を向けた。

「あなた様が気に病むことはなにもありません。わたくし、あのくらい平気です」
「嘘だ」
「少し嘘です」
「ほ、ほら」

陸遜は涙が出そうになったり引っ込んだり忙しかった。泣くわけにはいかない。
この人の前では意地でも、意地でも。



「少し痛かったですけれど、それだけです」



姫は微笑を向けた。
それだけなはずはない、気持ち悪かったに決まっている。だから湖まで来て、だから身体を洗って、なのに。微笑う。
ああ
もう
ぜったい
わたしがどうにかしなくては。
どうにか
どうにか
どうにかってなんだよ!
頭を冷やしたい。
冷やしたい。
頭も身体もまるごと。

陸遜はおもむろに立ち上がり、ざぶざぶと水の中に入っていった。



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