一対一のふたりめ  星彩



「はじめまして、星彩です」

「ちょ、ちょっと若ぁ。星彩が悪いとは決していわないんだけど、人慣れしていない殿にはちょっとスパイシーすぎないかな」
「何を言う岱、星彩は話しやすいぞ。武で語り合える婦人などなかなかいない」
殿は武で語り合うわけじゃないでしょう」
「は、そうか。うっかりしていた!」
「大丈夫かなあ」
柱の影から星彩を招いた賓客室のほうを見守るが、扉は閉められていて声は聞こえてこない。大の男が二人して抜き足差し足して近づき壁に耳をあててみたがまだ聞こえない。あの二人に外にまで聞こえる若のような大声を期待するのは間違っている。
ほどなく我慢弱い若から「追加の菓子を持って突撃せよ」との達しがくだった。とほほ。

「やあ、美しいお嬢さん方。お菓子持って・・・ってアレ?」

賓客室はもぬけの殻だった。卓にはお茶が残っているが菓子は皿ごとない。
心地よい風が頬をなでて、庭に面した風除けのすだれが上がっていることに気づいた。
庭を臨む。
廊下の柱の影から様子を覗っていた若も入ってきて、俺の横に並んだ。
「心配は無用だったね」
「・・・」
二人は池のそばで手元の菓子をつまみながら話をしているようだった。時々不器用に笑う。あの星彩殿も口元がやさしい。
今日の天気はふたりにあわせるように晴れていてどこかとぼけて、ぽかぽかに暖かい。
最初の神々しい雰囲気はどこだろう。ただの女の子だ。
男は退散すべきだとおもって若を見あげる。
若はじっと見ていた。
遠慮がない。
目には光がある。
「ああいうふうに笑うのだな」
大声の若には珍しい、無意識に唇の端からこぼれおちてしまったような声だった。



自分で聞けばいいのに、若は「星彩を送るついでにどんな話をしたか聞いて来い」と俺に命じた。
「話、ですか」
「そう」
「とりとめもなく色々な話を」
「具体的には?」
「私の鍛錬のことですとか、家族のこと父のこと。関平と劉禅様のことも。花は白いものが好きだと言っていました。でもこちらの花は名前を知らないと。あとは秘密です」
星彩は怒っているのかと勘違いするような冷たい口調でそう教えてくれた。思い出したように「それと」と付け加える。
「七日後にもう一度会う約束をしたのですが、よろしいでしょうか。事後承諾で申し訳ありません」
「へえ、そうなの。いいよいいよ。ダメなんて言うもんか。若にも伝えとく」
「ありがとうございます。同い年の子と遊ぶのは久しぶりだったものですから」



これを俺経由で聞いた若はおおいに喜び、成功をばねに次の相手探しにさらに意欲を燃やした。
のみならず翌日には白い花の模様の入った反物を買って、殿に合わせて仕立てさせた。でも仕立ておわったのを渡しに行かされたのはやっぱり俺だ。

「・・・若君から」
「そうです」

殿は両手で戴いたまっさらな反物を見下ろして、なにごとか考え込んでおられる。複雑な心境なのは当然だ。憂いを帯びたその姿は天女のごとくに美しく、心細い。
「ありがとう存じます」
しばらく待って、それだけだった。

若は殿の存在にはいつもは無きに等しい気遣いを見せるのに、直接話そうとしない。殿を離れに置いて食事も別々だ。
遠いまま、償いの思いだけでこんなふうに心を砕くのは、若にとっても、殿にとっても本当の幸いではない気がした。



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