一対一のさんにんめ  趙雲



「はじめまして、殿。わたしは趙子龍と申します」

昼に殿を馬岱に任せ、趙雲の屋敷へ行かせた。
武人と若い娘とでは話は合うまいに、一昨日の朝議のあとに呼び止め、ままならない身の上の人であることを伝えると趙雲は二つ返事で会うことを承諾してくれた。
行きは付いていかなかったが、帰りくらいは挨拶をせねば友人とはいえ趙雲に無礼だ。
そう思い、馬岱が姫君を馬車におさめたのを見届けてから趙雲のところへ寄った。菓子折りなど持って。
「やあ今日はすまなかったな」
「馬超殿」
俺には趙雲、子龍と呼ばせるのに。この物腰穏やかで丁寧な友人は未だに俺のことを馬超殿という。
先に行けと命じた馬車が夕日の方へ離れてゆく。
「これはつまらないものだが今日の礼だ、受け取ってくれ」
「いえ、そんな、今日はとても楽しかった。こちらこそお礼を持ってうかがいたいほどです」
相変わらず優しい言い方をする男である。こういうことを平気で言うから女たちは自分に気があるものと期待してしまう。だのに本人にそのつもりはまったくないという天然女泣かせの独身大将軍だ。
「本当にありがとうございました、馬超殿」
「ん?」
その声の深さが気になった。
趙雲は眩しく目を細めて、視線の先には遠ざかる馬車が

「素敵な方にお引き合わせいただいて」

ぎょっとした。
平時にあっては冷静に周囲を見渡し、有事にあってはその身を龍にやつして駆ける男が乙女のようにうっとりとしている。
「異国のお生まれだからでしょうか、殿の瞳は変わった色をしておられて見つめられると不思議な心地になります」
「み、見つめあったのか!?」
ははっと趙雲は首を横に振る。趙雲にしては珍しい冗談だったが、ほっとした。
「私が見つめていただけですね。少々自意識過剰な物言いでした」
「・・・ふ、ふうん」
俺は趙雲が馬車をまだ見送っている横で表情を決めかね百面相していた。袍のなかでは汗がすごい。
「ま、まあアレだな!俺の目も似たようなものだが」
何を言っているんだ俺は。なんとか話を拾おうとしたら殿と瞳の色が似ていることの優位性を主張しているみたいになってしまった。
「そういえばそうですね」
趙雲は俺の挙動不審を気にせず思い出したようにカラっと笑ってくれて救われる。つられて笑った。まったく爽やかな男である。
「少しうらやましい」
凍った。
「ところで、馬超殿はあの方を妻になさるおつもりなのか」
「いや・・・劉備殿にそのように勧められただけで別にそんなつもりは」
「そうでしたか!」
突然に問われて反射でそうこたえたが間違ってはいなかったはずだ。俺がしたことを思えばまず殿が嫌がるだろう。なのに、そう言った直後の趙雲殿の輝く笑顔を見たら、やはり間違ったことを言ってしまったような気がしてならなかった。



俺が殿に作って欲しかったのは親しく話して心を預けられる友であって、恋人ではなかった。まわりに知り合いが少ない寂しさは俺もよく知っているつもりだ。その寂しさに一番の特効薬は友人で、恋人では寂しさを埋め合わせることは・・・あー・・・まあ、できるのかもしれない。そうか、恋人は想定していなかったものの、姫君の心が安んじられるならば友人でも恋人でも俺はかまわないのかもしれぬ。
しかし、なんだこの腹に落ちぬ感覚は
いったいなんなんだ!



「そこで俺は二日二晩考えた。恋人は同時にたくさんいるのはよくないことだが、友だちが同時にたくさんいても見咎めるものはいない。だからやはり殿はまず友だちを増やすのがよいだろう、と!」
「・・・ソウダネ」
馬岱は夕食が口に合わなかったのか、変な顔をしている。
「好き嫌いはよくないぞ、岱」
「あ、うん。そうだね」
「そういえば、殿の好きな食べ物は聞き出せたのか」
「若が聞けばいいじゃない。聞きたいならさ」
「なにを言う。俺から話しかけられて嬉しいはずがなかろう」
馬岱はまた食べたものが口に合わなかったのか、変な顔をした。
そのように食うのは料理に無礼だから、皿を奪い取り、
「え」
かわりに食ってやった。
「んまい!」
「最後に残しておいたのにっ!」






しばらくすると、我が家にカゴいっぱいの果物が届けられた。
「こちらにおわします姫君に、わたくしどもの主からでございます」
うやうやしく袖をあわす老人の主は趙雲だ。
カゴには桃色と純白の絹組み紐が幾重にもかけられ、見た目にも華やかでかわいらしい。
殿宛てだが「皆様でお召し上がりください」と添えられた文中にあったので俺が全部食った。



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