一対一のし、ごにんめ  星彩と関平



「お邪魔します」
「お邪魔するでござる」

「「にどめまして」」

また来る、と言った星彩は関平も引き連れて再び屋敷を訪れた。
関平はまだ緊張気味だったけれど、庭で遊び始めると一気に打ち解けて、若いなあと遠目に眺めてみたりして。
「馬岱殿ぉー!いっしょにいかがでござるかー!」
緑の庭から明るい声に呼ばれてしまった。
さくさく草を踏んで近づいてゆくと三人は芝生に座りこみ、うえから覗いてみれば熱心に雑草をむしっていた。
「何してるの?」
「これです」
星彩が手のひらを広げて見せてくれた。
その手の中ではシロツメクサがぐじゃぐじゃに絡まって無残に潰されている。
「星彩は不器用だから」
苦笑いで改めて差し出された関平の手のひらにはシロツメクサの茎が編み合わされて、指輪の形を成していた。
「わあ、なんて懐かしいものを」
「懐かしいですか」
「そりゃあね、うちは草原の一族だよ。季節になると草の絨毯に白が天の川みたいにちらばって、そりゃあもうすごかったんだから」
「そうでござった。では超大作を期待しているでござる」
「任せなって」
腕をまくり、若者三人にまじって芝のうえに腰をおろしプチプチとシロツメクサを手にためていく。
指に触れる草はふるさとよりも少し瑞々しい。
ああ、けれどどうしても懐かしい。
若は花になんて興味ないと言って昔から槍を振ってばかりだったけれど、自分にはこっちの方が性にあってると思うこともしばしばだった。あの頃、あんまり俺が楽しそうに作っているから隣で槍を振るう若はチラチラとこっちを見て、入りたそうにしていたっけ。
よけい腕がなった。
「見てなよぉ」
手早く編んで、もう出来上がり。
青くさい指もまあいい。
「ほい、腕輪いっちょあがり」
「おお!これは見事なわっかでござる」
「ふふーん。でしょう?」
もうまいわ」
星彩がひっぱってきた小さな手のひらに指輪がのっている。
きれいに出来ている。
「わたくしにもなつかしい」
そよ風のように微笑んだ。
この人の故郷とは草原でつながっていた。そう、そうだった。
かつては草原の覇権を争って草花を血で汚した歴史も長かったけれど、殿の父君は友好的な人柄で、馬騰様の誇り高い・・・悪く言えば頭が固い性質も、美しいと評判の姫君を若の婚約者にと申し込まれてついには溶けた。
草原の平和まであとすこしだった、のに。
胸を押し上げるものがあって汗を拭くふりをして目の端をぬぐう。すると本当に青くさいのが目に入ってしまって痛くて涙がでて、慌てた俺を三人が笑った。



井戸で手足を洗い、夕方に四人とも頭にシロツメクサの花冠を乗せて手を振り別れた。
「またおいで」
なんて、俺は母のよう。
「あー疲れたぁ。外で遊んだのなんて久しぶりだよ」
「わたくしもです」
「ハハ、風にあたりすぎて寒かったでしょう。俺も鼻水がでちゃいそう。湯を用意させるから離れで待っていてよ」
「はい、ありがとうございます」
従順なこと。
着飾れば天上のもののように映えるだろうにいまはそこらの娘さんと変わらない袍を纏って、親しくかわいらしい。最近笑うことも増えて、抑圧され固く閉じていた蕾がほころび始める貴重な一瞬を見るような心地だ。この優しげな心が壊れないままで曹操のもとに在ったのは俺たちにとっては幸いであり、当時の殿にとっては地獄だったに違いない。
「これさ、」
背を呼び止める。
自分の頭上の花冠を指差す。殿が作った。
「ありがと」
「いえ・・・あの、馬岱様」
いくらかの逡巡があってから殿は数歩戻ってきて、片方の袍の丸袖に手をいれた。

「これを」

袖になにか入って

「ぐえっ」

前にも同じことがあったように闇から熊手に掴まれる。若だと馬手、かしら。
狼狽する殿には大丈夫大丈夫と手を振って行かせ、いなくなると若は前と同じような事を尋ねた。
「なにをしたんだ」
「楽しかったのか」
「なにを話した」
殿は楽しんでいたのか」
この力持ちで凛々しくまっすぐで小心な美丈夫に、ちょっとの反抗として
「その頭のはなんだ」
この問いに
殿からもらったんだ」
「・・・」
「いいでしょ」
「・・・別に」
まったく、もう。






「やあ、こんばんは殿。今日は寒かったからあったまる生姜湯を持ってきましたよーって・・・お風呂かな」
月明かりの差し込む部屋はもぬけの殻だった。
湯気の上がる湯飲みを持ったまま部屋を見渡す。
「荷物、すくないなあ」
空の書架、衣装棚は空けるのはタブーだとわきまえてはいるもののきっと中はスカスカだ。若が贈った白い羽織物くらいしかないんじゃ。装飾品も趣味に関連する物もない。
備え付けの寝台、机、椅子、燭台、それだけだ。
「あ」
寝台の机の上にふたつの花冠を見つけた。人間味を見て嬉しい、と同時に首をかしげる。
ふたつ?
ひとつは殿の頭のうえにのっていたものだろう。もうひとつは・・・
あのとき袖から出そうとしたのはこれだったのではなかろうか。
いったい誰にか。俺に渡すということは、俺でないと渡せない人ということだ。趙雲殿という可能性もある。趙雲殿はずいぶん殿を気に入っておいでだったから。

なーんて、

誰への花冠か本当はわかってる。
俺はそういうところ察しがいいんだ。
せっかく仲良くなろうとしてくれたのを途切れさせて
バカの若
じゃなくて
「若のバカ」
呟いてみると、ぞぞぞと背筋に悪寒が走った。
今夜はひどく冷える
手元の生姜湯をすすった。
若が自分でもう一杯入れて持ってくればいいんだ。



<<  >>