心配性のわりにそのあとホテルに直接ひとりで行くと言い出した命知らずで世間知らずのを引き止め、一同はチェインが呼んだ応援の車で事務所に戻った。
足を踏み入れた瞬間、執務室の入口で100連発紙ふぶきクラッカーが炸裂した。
この装置を一晩で作りあげた、武器庫の異名を持つパトリックは第二十二子、の来着を盛大に歓迎し、大いにへーこらした。
「偉大なるおん猊下、我が君、ヨッ大統領!こちらはですね、二十二子猊下のおんために開発しましたモンでして、仲間のお誕生日会、忘年会に新年会でも重宝されることうけ合い!受注殺到予定のモンでございましてですね。その爆裂人気予定商品を対凶悪異界生物用に応用したものがこちらの新開発!512連射F08ミサイルでございましてですね!ね!」
腰をできるかぎり低く構え、両手をにぎにぎとすり合わせて、奇抜な笑顔で懇切丁寧に自作カタログの武器をに説明している。
は嫌な顔ひとつせずパトリックの話に耳を傾けうなずいているが、執務室に入ってすぐにそれを始められてしまったものだから、いまだ昇降機と部屋の境目に立たされていてかわいそうだ。足元はクラッカーから放出された色とりどりの紙ふぶきにくるぶしまで埋もれている。クラウスはその傍らに居残ってはいるもののどうしたものかと術なく汗をかいている。
「パトリックさん今日はなんであんなあきんどっぽいんですか」
スティーブンはパトリックの姿にあきれるあまり痛む額をおさえていたが、レオナルドに尋ねられるとむこうに聞こえない声でこう言った。
「各組織に下りてくる予算は最終的にあの方のところで認否が決まるんだ」
なるほど、スティーブンさんが優しくて外交用スマイルを絶やさなかったのもそのせいだったんですね、とは言ったら口が氷柱で串刺しにされると思うのでレオは言わない。そんな後ろで膝打ち笑う大声がした。
「あー、だからずっとキモいくらい優しくて営業用スマイルだったんスね!すげェ納得」
「ザップ、すまないが書類倉庫に行って二十二子猊下のお飲み物に使う氷をとってきてくれるかい?なに氷はそこにはないって?いや、あるから僕と一緒にちょっと向こうへ行こう」
連れだって入っていった書類倉庫からスティーブンがひとりで帰ってきても、パトリックの営業トークはとどまるどころか前がかりに熱を増し、微笑みかえすの体は心なしかのけぞっている。
「まだやってるのか」
お客様に椅子もすすめず長時間兵器の話ばかり聞かせることをあの無類の紳士が許すはずもないと思っていたのだが、今日のクラウスはちょっと様子がおかしい。いや、昨日机を真っ二つにしたあたりからずっとおかしいのだ。
「…僕ちょっと止めてきます。ハイヒールが靴擦れして痛そうでしたし、立たせたままじゃかわいそうですから」
「おや、それはいけません」
言ったレオナルドより早くギルベルトが動き出した。
「坊ちゃまはあのご様子ですから、私めがご案内してまいります。チェイン様、ニーカ様、お手伝いをお願いできますでしょうか」



あれだけ熱心に新武器カタログを説明していたパトリックだったが、ギルベルト達がを別の部屋に案内しにいってしまうと、途端に大きく伸びをし「下で飯食ってくらぁ」と素っ気なく立ち去った。
嵐の去った部屋で、スティーブンが「クラウス」といつもより厳しい声で呼んだ。
思い当たる節があるようで、クラウスはスティーブンと目をあわせようとせず、じっと執務卓のそばに立っている。昨日割れたはずの机はすでに元通りになっていた。
「ああ」
だいぶ遅れて返事をした。
「君の家がとびきり信心深いことは知っている。緊張するのはわかるがすこし落ち着いてくれ。猊下をほうって小物に突進していくなんて君らしくない判断ミスだ。たまたまレオ達がついて来ていたからいいものの」
「すまない」
素直に謝られるとスティーブンはそれ以上の追及を喉の奥にひっこめざるをえなかった。次に滑り出した声にはすこしやさしい音が混じっていた。
「いっそ、猊下でなく普通の女性だと思って接した方がよほどふさわしく振る舞えるんじゃないか」
「…」
「ともかく、戻ってきたら普通にしてくれ。俺含め、ほかの連中には貴族の優雅なおしゃべりなんてできないんだから君が頼りだ」
「努力しよう。…レオ」
この流れで突然声をかけられ、レオナルドは跳びあがって直立した。
「猊下を守ってくれたこと、礼を言う」
「守るなんてそんな、僕はなにも…、ザップさんがもう一体来たのをやっつけてくれたので」
「そうだったか、ではザップにも感謝を伝えねばなるまい。…ザップの姿が見えないが」
「今ちょっと凍ってる」
ちょっとトイレ行ってる、くらいの調子でスティーブンが言う。普段ならばクラウスの頭の上に疑問符がいくつも並ぶのがみえるところだが、今日は「そうか」と言ったきり、クラウスは窓の外を見て動かなくなってしまった。
やはりちょっと様子が変なのだ。






ツェッド・オブライエンはライブラの事務所ビル内に一室もらって、そこで暮らしている。
円柱状の大きな水槽は唯一彼が自然に呼吸できる場所だった。
メンバーのたまり場にもなっている最上階の執務室でさきほど爆竹が連続で炸裂するような音がしたが、それ以降は大きな音も止んだし、もともと「外」から来賓があるとは構成員への一斉連絡で聞いていたので大して気にもとめずに防水電子端末のニュース画面をスクロールする。
音が止んでから30分ほどたったころだろうか、ツェッドは読んでいたニュース画面から扉の方へ視線をやった。
ツェッドの部屋の前を誰かが通ったのである。
ひとつはギルベルトの足音だ。あと隠密してないチェイン、パトリックの助手のニーカの足音に、もうひとりは誰だろう。
お客様、だろうか。
水面の微弱な揺れに神経を研ぎ澄ます。
足音は部屋の前から遠ざかり、しばらくするとギルベルトの足音だけ来た廊下を戻って行った。
「…」
お客様が入って行ったであろう部屋の方向が全く気にならないといったら嘘になる。しかしツェッドは師を同じくするザップとは違い、品行方正な良識ある半魚人だったから、こっそり見に行くような真似は断じてしない。
さらに15分ほど経った頃、チェインとニーカも来た道を帰って行った。
ということはお客様だけが同じ階の別の部屋に残っているということになる。
いやいや、いけない。
お客様であればなおのこと詮索は失礼にあたる。
ツェッドは無理やりにニュース画面にかじりついた。
その決意を鈍らせる出来事が起きたのは、チェインとニーカが上に戻ってから数分後の事だった。
部屋の前の廊下をうろうろと行ったり来たりする足音の振動が水面に伝わって来たのである。
足音が作る波紋がさっきと少し違っている。
靴を履きかえたか、あるいは、別の人物かもしれない。
別の人物だったとしたら一応、侵入者でないか確認したほうがいい。
いや、だめだ。
もしお客様だったらとんでもなく失礼なことだ。
お客様または侵入者の足音は、昇降機とは反対の方向へ遠ざかった。そちらにあるのは非常用の階段だ。
ツェッドは慌てて水からあがった。
あの階段はまずい。
お飾り程度にビルの横にくっついているそれは、霧と風とに吹きさらしになっていてボロボロに錆びている。それどころかところどころ踏み板が欠落しているありさまなのだ。非常時に非常階段を使うような人たちではないからそのまま放置されている。
非常口の扉を開いた音を最後に足音がとまった。
そのすきに手早く着替えを済ませ、扉を細く開けて廊下を確かめる。
人だ…子供?
えんじ色の絨毯が敷き詰められた廊下の最奥で、非常口は開いていてその手前に白い服を着た小柄な人物がいる。しかし近眼と目のついている位置がわざわいしてよく見えない。
ツェッドは音をたてないように細心の注意をはらって、顔半分まで扉の外に出した。
ようやくその人が白い帽子をかぶった女性だとわかったが、こちらを振り返っていた彼女と正面から目が合っていることに、ツェッドはしばらくのあいだ気が付かなかった。



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