「あらま、こんな時間までみんな揃っちゃって」
KKが事務所にやってきたのは22時を過ぎてからのことだった。
事務所にはクラウス、スティーブン、ザップ、ツェッドにレオナルドもまだ居残っていた。
ザップの足は両足とも氷漬けで拘束されているが大して気にせずKKはテーブルにあったピザのセットのオードブルを口に放ると、クラウスの机に腰をあずけた。
「ご要望どおりこのあたりの狙撃ポイントも念入りに見て来たけど、特に異常はなかったわ」
「レディを遅くに呼び出してすまない」
「クラっちのお願いだもの気にしないで。本命のご依頼はやっぱり、殺られる前に殺れ、ってトコかしら?」
「いや、実は…」



「というわけで派遣されて参りましたー、一日メイドのKKでっす」
事務所ビル内の急ごしらえの寝室では、とチェインがベッドに腰掛けていた。
長袖シャツに、下はショーツ姿と二人ともなかなかに大胆な恰好だ。
「はじめまして、ミス・KK。二十二子、と申します。このような恰好での挨拶でごめんなさい」
二人は同じベッドの上にいて、チェインがの長い髪にドライヤーをかけているところだった。
「初めまして二十二子猊下。改めまして、ブラッドバレットアーツ、KKと申します。以後お見知りおきを」
KKに頼まれたのは今晩のの身の回りの世話、兼寝所での護衛だった。
KKがこれを快く引き受けたのは、クラウスがぶるぶる震え困り果てた様子で頼んできたのも理由のひとつだが、一番の理由はスティーブンに

「この前の遠隔操作式狙撃システム、経費で落としたくはないかい?」

と耳元で囁かれたからだった。いったスティーブンには般若の形相を差し向けたKKだったが、
経費精算
その響きを聞くや全身の細胞が春のおとずれを歓喜し喝采し、気づけば引き受けていた。幻だろうか、相対したの背後に決裁権という後光がさして見える。
「まあ後光はさておいても猊下、きれいだきれいだとは噂で聞いてましたけど、まぶすぎません?ザップっちがああなってた理由がわかったわ。うわ、なにこれ髪さらっさら、CMみたい。」
同じベッドに腰掛けて長い足を組み、床につきそうな長さのの髪をすくいとってはこぼし、すくいとってはこぼす。
これほど髪を伸ばすとたいてい手入れが行き届かないものだが、目の前のこれは毛先までツルピカである。
そういえば、女の術士は長く美しい髪を持っている、なぜなら髪に力がため込まれるからだ、なんて言い伝えがあったっけ。
そのわりには、とKKはの姿を見つめなおした。
退魔も封魔も抗魔も、ひとかけらの圧すら感じない。
退魔力至上主義の本部の連中がよく言うように、きれいなだけの王様だ。髪が長いのも、迷信を信じて伸ばしているにすぎないのだろう。
だからといって、小娘に寄ってたかって悪口たたく老獪の仲間になる気はKKには毛頭なかった。
「こんななのにまだ彼氏いたことないらしいですよ」
チェインが間近で指さすとの頬にさっと朱がさし、下を向いた。
「マジで。てかなによあんたたち、なにちょっと仲良くなっちゃってんのよ。あたしも入れなさいよ」
「姐さんシャワー浴びます?着替えならありますよ、この子パジャマもかえのパンツも忘れてきたらしいんでさっき何枚か買って来たッス」
これを聞くやKKはベッドにひっくり返って大笑いを響かせた。
「旅行にパンツ忘れるってうちのチビじゃん!パンツは大丈夫。着替えたばっかりだから。夜にクラっちに呼び出されちゃったんだもの、シャワーくらい浴びて来るってもんよ」
高貴な人にも引かれない程度のソフト下ネタをはさんでみたつもりだったが、これまでほっぺたを赤くしてはにかんでいたの顔色が急に青ざめたのを見て、同時にKKも青ざめた。
まさかあのレベルの下ネタでもだめだったか。
自腹精算の四文字が脳裏をよぎる。
「クラ…ち」
は呆然と復唱した。
チェインが「クラウスさんのことだよ。親しみを込めたフランクな表現、的な」と説明すると、の顔が今度は真っ白になった。
この瞬間、チェインとKKに暗雲を引き裂く稲妻のごときひらめきがはしった。
KKはベッドから立ち上がりその場で自分の心臓を強めに素早く五回叩いてから、おそれおおくも二十二子猊下に人差し指の拳銃をさしむけ、極めて深刻な面持ちでこう尋ねた。
「好きなの?」
昼より騒がしいHLの夜に静寂の帳がおりた。
口を小さく開いたまま停止したの頬は赤→青→白ときて今また桃色に色づきはじめ、あっというまに赤にもどった。
音をなさない唇がぱくぱくと動き、目は潤む。
「正直におっしゃい」
しかし天才スナイパーの指拳銃は容赦を知らない。
温室育ちのはこんな責め苦を受けたためしがない。
じりじりとベッドのうえを後退り、ついに壁まで追い詰められる。
「…みな、あの者が好きかと」
蚊の泣くような声で自白した。



下着姿で寝転んだ三人は、を間において飲めや歌えのドンチャン騒ぎだ。
「ヒィー!庭で無言で麦わら帽子をかぶせるクラっちヒィイイー!思い浮かぶ、超思い浮かぶ、すごい汗かいて照れてるクラっちが思い浮かぶわマジで、天使か!それでそれで?」
「ミスタ・クラウスと一つ屋根の下、アツイっすね」
「一つ屋根の下で事故は」
「事故…クラウスが血だらけで帰ってきたことは何度か」
「そうじゃなくて、お風呂でバッタリとか、夜這いされたりとか、ラインヘルツ兄弟による壮絶な奪い合いとかっ」
「あいにく、そういったことは…」
基本的にドンチャンしているのはKKとチェインである。
KKと違って、チェインは他人の恋愛話には大して身が入らず、興味もないほうなのだが、今回は彼女を引き込む大きな餌が存在していた。
スティーブンである。
突然の美人の来訪、しかも偉い人、権力者、すなわちスティーブンが優しく接する女の登場にチェインは焦りを感じていた。万が一、スティーブンの心が彼女に向いてしまったら。あるいは彼女が権力を盾にスティーブンを誘惑してきたら。そんな不安が膨らんだ一日の終わりに、二十二子猊下ことがクラウスに片思いをしているという朗報が飛び込み、行け行け圧せ圧せカットバセ!チェインの応援にも熱が入る。酒も多少入っている。
一方、単にクラウスの恋愛ネタがおもしろすぎて貴重すぎて盛り上がっていたKKは、急に不満そうに眉根をひそめた。酒はもちろん入っていた。
「一年ひとつ屋根の下にいて、何もしないとか逆に気が利かないんだけど」
「確かにそうッスね」
チェインの同意は素早い。
KKはなげかわしいとばかり、金髪を振り乱して首を振る。
「ほかは最高なのにクラっちのそういうビビっちゃうとこホントダメだと思うわ!もっと欲望をさらけだしていいのよ、ワイルドに!ダイナミックにさあ」
「それ言ったら今日だって何わたしたち呼んじゃってんのってなりますよね。ミスタ・クラウスが来たらいいのに」
「それだ!それ!ちょっとあたしクラっち呼んで来ようか」
はや膝をおこし部屋を出て行こうとしたKKのシャツをが必死に引き止めた。は禁酒の戒律があるそうで、かわいそうに、この嵐の中でシラフである。
「どうぞお気遣いなく、大丈夫ですから」
「いいからいいから、ついでにそっちのお相手もつれてきてあげよっか。殴っちゃったらごめんねぇ」
「姐さん、いいです、いらないですからぁっ!」
すがりつくチェインとをものともせず、KKは二人を引きずり笑顔で扉へ向かう。その手がついにノブにかかった時、廊下の側から扉を叩く音がした。
「おーい君たち、いま何時だと思ってるんだ。あんまり騒いでないで猊下を寝かせてさしあげなさい」
「うっせーなセンコーは黙ってろよ!」
「スティーブン、おやすみなさい。よい夜を」
「お、おやすみなさいスティーブンさん」
「はい、おやすみなさい」



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