食事を終えて一息ついた頃、クラウスとスティーブンが執務室に戻ってきた。
ライブラメンバーのうち、第二十二子・と面識のあった数名が挨拶に訪れ、KKの血改めの儀式も滞りなく済むとスティーブンが言った。

「では、そろそろ参りましょうか」



高速道路脇に無言で屹立するオベリスク
表面は爪ひとつ立てられぬ繋ぎ目なき鏡面
収容囚人数四千万をほこる超異常犯罪者保護拘束施設のその名はパンドラムという。
その最下層P6独房に向かってエレベータは下降していく。

クラウスはわかる。
スティーブンも、口のうまくないクラウスの補佐と思えばわかる。
銀髪のチンピラがいるのもまあいいだろう。
しかしそれらに周りを固められたあの小娘はいったい何者か。
看守たちとパンドラム獄長アリス・ネバーヘイワーズは大いなる違和感をもってその様子を睨んでいた。
クラウスの従妹だとスティーブンは説明したが、説明したそばから「猊下」などと大仰に呼んで、嘘をつきとおす気すらないと見える。そのうえで通せというのだ、こいつらは。
いぶかる視線をものともせずに、あるいは気が付かずにクラウスがいう。
「ご協力に感謝します、アリス獄長」
「軽はずみに外に出すことは赦されないとは言ったがな、来たら簡単に面会できるとも思われては困るのだぞ」
それでもP6独房の開錠手続きを操作パネルから続けてくれる獄長は、寛容になったものである。
此度の面会はドグ・ハマーの強い要望と少々の事情があって実現に至った。

「えー!それホント?絶対やりたいよ」
一昨日、音声のみの面会で、第二十二子猊下が血改めのために来HLすることを話すと、ドグ・ハマーはスピーカーの音を歪ませる音量でそう言った。
しかし外出の申請が短期間でとおるかどうかわからないとクラウスが話すと、めずらしく彼は強情になった。
「血改めはやりたい。だって僕らの退魔の血は猊下のご先祖様から分けてもらったものだって、だから血改めはきちんとなさいって昔うちのおばあちゃんが言ってた」
ドグ・ハマーは譲らなかったがドグの血管の中の男は血管の中で管をまいた。
「えー、めんどくせえよ。俺はそういう聖なる☆みたいなものは吐き気がするんだよ、絶対やだね。肌がヒリヒリしてやけどすらぁ」
「デルドロは肌がないよ」
「おめえは改める血がねえだろうがっ」

ドグ・ハマーたっての願いと、つい一昨日までの暗殺計画など想像もしていなかったクラウスに実直に頼まれて、外出は認められなかったものの短時間の特別面会の許可がおりたのだった。
おりたが、牙狩りの王たるを刑務所などに連れて行けるはずもない。外出許可がおりない以上ドグ・ハマーには儀式はあきらめてもらう。夜明け前までそう思っていたがパンドラム行きは決行された。
の暗殺を本部が主導しているなら、場所がわれているアジトに長くとどまるよりも、いっそこの刑務所のほうが安全とのスティーブンの提案に、クラウスがしぶしぶ同意してのことだった。



地下まではクラウスとスティーブン、そしてザップの3名が付き添った。ツェッドとKK、チェインとレオナルドはパンドラムに侵入または接近しようとする暗殺犯がいないか地上であたりに目を光らせている。
P6独房の前にたどりつくとスティーブンは上を見上げた。
天井は闇に吸い込まれ、どこが底か視認できないほど高い。
前に顔を向ければパンドラムの外壁と同じ鏡面がある。その中央に、独房の開口部であろう線が闇からすっとひとすじ落ちている。
「扉を開く前に改めて言っておく。さきほどサインした同意書にあったとおり、ドグ・ハマー拘束状態での面会を許可するが、何らかの事故でここで貴様らが死んでも我々は一切の責任を負わない。そこの娘が死んだとしてもだ。また、貴様らのうち一人でも我々が疑わしいと判断する行動をとった場合、我々にはその行動を制限するあらゆる手段が許可されている」
「承知した」
「では最後に身体検査を行う。持ち込みを許可したのは2つの瓶と針一本、そこの娘は私がやるから少し待て」
アリスがパネルの手続きをすすめるうちに、ついていた男の看守がクラウス、スティーブン、ザップの体をたたき、危険物の持ち込みがないか確認していく。
髪にさわり、肩に触り、腕に触り、腰をたたき、その下も順次軽く叩かれてザップははっきりとうんざり顔をした。
「ったく、これで何回目の身体検査だよ。男に体触られすぎて具合わるくなってきた。ああ、そりゃ武器じゃねえよ。俺のマグナムだ」

「おい、貴様なにをしている!」

アリスが厳しい声をあげ、ザップは首をすくめた。
「女の身体検査は私がやると」
軽口を怒られたのかと思ったがどうも違う。
アリス獄長の視線の先を振り返ると、ヒューマー型の男の看守がの腕を両側から掴んでいた。
男はを掴んだ形のまま硬直している。
はとっさに身をよじったが男の手は鋼の枷のごとくびくともしない。
ザップは指を噛んだ。
瞬く間に掌中から血の刃がそそり立ち、なにが起こったかわからず立ち尽くすほかの看守たちの間を駆け抜けた。
をとらえた看守の口がにいと笑い、唇の下に鋭い牙がふたつのぞく。
「探した」
体を引き寄せようとした男とのあいだに人の背ほどの十字架が穿たれる。
の体すれすれを横切ったそれは男の鼻を削ぎ、パンドラムの廊下に右足を縫いとめた。
それでも男は平気に哂う。
ザップは独房の扉に気づいて眼を剥いた。
その鏡面にはと十字架だけが映っていたのである。
すぐさまスティーブンは強く地を蹴り、一瞬で築き上げた氷壁のこちら側にの体を確保する。間髪をいれずに血界の眷属めがけてクラウスの十字架が次々降り注いだ。
交差する十字の奥から緋色に光る片眼と左腕だけのぞく姿になってもなお、眼はぎょろぎょろとなにかを探し、見つけると氷壁へ腕を伸ばした。伸ばされた指の先から肉がぼろぼろとこぼれ落ち、おびただしい数の蝙蝠となってスティーブンとに襲い掛かる。
甲高い断末魔をあげて蝙蝠は氷壁に激突した。
激突をまぬがれた蝙蝠は壁を避けて四方八方から群がってくるが、その一群をザップの血刃がひと薙ぎに叩き伏せた。血風を巻き、その隙に立ちあげられた凍てつく盾に蝙蝠の血しぶきがはしる。
スティーブンはを抱えたまま後退しては素早く氷の壁を作り上げ、寸でのところで蝙蝠をかわしていく。その背がついに鏡面とぶつかった。蝙蝠はなおも数を増し絶叫して殺到した。

「緊急解放!」

獄長の声と同時に突如スティーブンの背後の鏡面が開き、中から赤黒い獣が跳び出してきた。
「中へ」
跳び出したドグ・ハマーの、デルドロにくるまれた手がスティーブンとの体を、今まで彼が収容されていた1000年独房のなかに放り込む。
続けて叫んだ。
「閉めて!」
獄長ははっとしてパネルを叩いた。
重厚な扉はすさまじい速度で躊躇なく閉ざされ、無慈悲な鉄扉に蝙蝠どもがぶちあたる。
直後に照明が赤色灯に切り替わり、クラウスたちの立つ床は重低の呻き声をあげ振動を始めた。
P6独房の開口部である裂け目が床の下へ滑り落ちて行き、ザップの視界から消え去った。独房の入口があったはずの壁はつなぎ目なき鏡面にかわり、なおも下へ下へ、床と鏡の接地面で激しく火花を噴きあげながら滑り落ち続けている。
「ちょ、今度はなんだぁ!?猊下ちゃんとスターフェイズさんはっ!?つかなんで血界の眷属!」
「フロアを緊急上昇、収容エリアを閉鎖した」
独房が落ちたのではなく、独房以外のエリアが浮上していたのである。
「下は安全だ、問題はこちらのようだな」
アリス・ネバーヘイワーズの視線の先には、十字架で断ち斬られ炎で焼かれ豪拳で磨り潰されてもなお眼球を動かす不死者の姿がある。行き場を失った蝙蝠は男の左腕に舞い戻り、人間の手をかたちづくって溶けてゆく。
アリス・ネバーヘイワーズは奮い立った。
「パンドラム・アサイラムにおける我が職務は、この施設と規律の死守である」
頑然と宣言したアリスの体にいかめしい黒鉄の武装がまとわりつき、本人の二十倍はあろうかという対凶悪囚人鎮圧殲滅看守スケルトンが姿をあらわした。
その鋼鉄の鎧の前に赤黒マーブル模様がつるりとひかる、ブローディ&ハマーが立ち塞がった。
「邪魔だ!」
「獄長は看守さんたちと一緒にさがってて」
「なぜだっ」
「女の人だから!」



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