まだ朝焼けの時間に、ギルベルトはパジャマにガウンを羽織った姿で居間の窓から温室のある庭のほうを見た。
窓の鍵は開いていて、温室を囲うビニールの向こうに人の影が見える。
サンダルをつっかけて温室に入れば、大小様々の緑のなかにベルがひとり、佇んでいた。
「おはよう、ギルベルト」
ベルの方はもうすっかり寝間着から着替え終わって、豊かな髪もきれいに結い上げられている。
下のまぶたに泣き腫らした名残はあったが、さんざん泣いてもう済ませたとばかり、どこかすっきりした表情に見えた。
「これはベル姫様、お早うございますな」
「朝の祈りは夜明けの少し前にする決まりですもの」
この憂き目にさらされてもまだ戒律を守るのは健気というべきか、愚かというべきか。
ベルは温室の植物を見渡してわらった。
「鉢植えがたくさん」
「坊ちゃまは相変わらずですから」
もう一度植物を見渡して、ふとその目が遠くをみた。
「ここは良いところですね」
ギルベルトは髭の奥でほっと声をあげる。
「ずっとこちらでお過ごしになられますか。このギルベルトめには嬉しいばかりです」
少し黙ってから、ベルは遠くを見つめたまま静かに言った。
「わたくしは戻りたいように思うのです」
この言葉にギルベルトは目を丸くする。
ひとりで戻れば殺されるだけだ。
ギルベルトの思いを聞いたように、聞いたにしては穏やかに、ベルはいう。
「首座に選ばれた日に、どうして才に乏しい自分なのかと思うのと同時に、戒律ばかりで外に出ることも家族に会うことも咎められる、内心みなが嫌がる役目ですから、わたくしは償いの道を示されたのだと思ったのです」
「…」
「才無くば立ち居振る舞いはせめてと」
「……」
「全うしたいと思っていた」
「弑されても?」
ベルは困ったようにわらった。
弑される覚悟をしてここにきた。
何度もひとりで逃げようとしたが今日は逃げていない。だが完全にふっきれたわけでもない。
まだ迷っているのだ。
家族に、ライブラに、クラウスに迷惑をかけながら生き永らえるかどうか。生き永らえてよいのかどうか。
「私はもうおいぼれで、腰も悪いですから生きている価値がございません」
「“そんなことない”」
ベルはスカートをひらめかせて振り返り、みずみずしい緑の光のなかでわらった。
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