太陽がガーディナの海に沈み切った後に標にたどり着き、イグニスは怪我をしていたコックの治療にあたり、プロンプトはノクトに指示されるまま、海から水を汲み、湯を沸かして、姫君の凍りついた足を溶かすためにテントの中へ運ぶのを何度も繰り返した。

「姉上、聞こえますか、起きてっ、頼むから…!」

王の前でもそっけない態度をとっていたノクトが、焦りをあらわにして必死に声をかけ続ける姿は、プロンプトにとってはほとんど見たことのないものだった。
力なく横たわる人は髪の色こそノクトと違ったが、顔の雰囲気はどこかノクトと似ていて、テントに入ってその青白い肌を見るたび、ぞっと悪寒がかけあがるのを感じた。
コックの方は思いのほか傷が浅く、日付が変わる頃には落ち着き、食事もとって眠りについた。
ラストエリクサーを惜しまず使って外傷をふさいだ姫君は、ようやく足の爪に色が戻って来たという。しかし目は覚まさないまま、イグニスの用意した彼女の分のお粥は冷めていった。
ノクトはずっとテントから出て来ない。
プロンプトは昼からここまでの興奮でちっとも眠くならず、イグニスと火を囲むだけの静寂がふと訪れた。
ずっと耳に届かなかったが波の音も聞こえる。

「…イグニスはさ、お姫様と知り合いなの?」
「…」
「イグニス?」

ぼうっと火を見つめていたイグニスが弾かれたように顔をあげた。

「すまない。何か言ったか」

その表情には「いつだってスタイリッシュ」とノクトに評されるイグニスにしては珍しく疲れの色がにじんでいた。

「大丈夫?少し眠った方がいいんじゃ…」
「いや、問題ない。いつ帝国軍に見つかるかわからないしな」

眼鏡をとって眉間を抑えたイグニスに「そうだね」と納得したようなことを言いながら、プロンプトは今日ばかりは自分がしっかりしなければと意気込んだ。

「イグニスは、お姫様と知り合いなの?」
「学年が同じだからな。…少しは」
「グラディオも?」
「あいつの方が親しい。王家とアミシティア家はむかしから懇意だったから」
「へえ、じゃあさ学校の放課後に三人で遊んだりとかしたの?」
「いや」
「一度も?」
「一度も。それが正しい振る舞いなんだぞ。放課後に友達と歩いて帰ってゲームセンターやデパートに寄るノクトのほうが自由すぎたんだ」
「ノクトに自由にさせたのはイグニスじゃん」

イグニスは難しい顔で眉間にしわをよせ眼鏡を上げた。

「まあ、そうだが…」

言ったあと、プロンプトが黙っているとイグニスは再びぼうっとしてその目に炎だけをうつした。

「あの方は正しく在られた」

唇からこぼすようにつぶやき、炎ごしにイグニスが見たものが何かをプロンプトは知らない。
きっとノクトとグラディオとイグニスが知っていて自分だけは知らない。
また、寂しさが胸に滑り込む。
だからこそプロンプトは「それにしてもさ!」と努めて明るく言った。
「ちょっと声が大きいぞ」とイグニスがたしなめたが、それが自分の役目だった。

「お姫様すごかったねー、超かっこよかったぁー。ブリザガだよ、ブリザ・ガ!ノクトだってまだブリザラまでしか作れないのに」

イグニスは眼鏡の真ん中を持ち上げて、唇の端もちょっと上がった。

「あの方は昔から魔力の高さと魔法精製の精度の高さは稀にみるものをお持ちだったからな、レギス陛下もうならせるほどだったんだ」
「やっぱそうなんだ!廊下の前まで行ったらさ、ピカッとしたと思ったらバリーン!ガシャアーン!!てさ、プラスチック爆弾でもたくさんあるのかと思ったよ。あともう一つ驚いたのがさ!グラディオがさ、初恋のひととか言うんだもんさー!」

「…え」

「え?」

イグニスが眼鏡の奥で目を丸くし、言葉を失ったのと同時にプロンプトも同じ表情で返した。
てっきりプロンプトの知らない彼らの記憶の中で、笑い話として共有されている話だと思っていたがどうも、この反応、絶対、違う。やばい。グラディオが戻ったら殺される。

「そう、なのか…?」

あれ、なんだろうか。違和感がある。

「本当に」

グラディオには殺されるとしても、イグニスとノクトには絶好の笑い話を提供したはずだ。
しかしなぜイグニスはショックを受けたような顔をしているんだろうか。
このときプロンプトの恋愛スーパーコンピュータは、素早く二つの可能性を導き出した。

イグニスはあのお姫様が好き、または、イグニスはグラディオが好き

プロンプトが神妙な顔でどちらの可能性も真剣に考え始めた時、「姉上っ」とテントの中からノクトの声がした。



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