依頼4日目

女性にそんな気遣いを見せた奇行の原因か、あるいは奇行の作用か、翌朝シャーロックは寝込んだ。
ソファで眠っていたシャーロックが朝いつもよりやけにぐにゃぐにゃしているので気になって体温計を口に突っ込んでみると、熱を出していたのだ。

「大変だ!」

慌ててハドソンさんを呼びに階段へ走ったが一瞬、がシャーロックの寝室の扉の前にいた気がして、部屋の外に出ていた体を二、三歩戻らせる。
はオフホワイトの寝間着姿でビリーを小脇に抱え、リビングのほうを見つめていた。

「ああ、おはよう。よく眠れた?」
「おはようございます。なにかあったのですか」
「いや、なんでもないよ。シャーロックが熱を出したみたいで、ただの風邪みたいだけど
うつるといけないから近寄らないようにね」

そう言い置いてきたが、水とフルーツと朝食と冷却ジェルシートを抱えた僕と、「シャーロックが風邪なんてロンドンに隕石が落ちてくるんじゃないかしら、ねぇえ、今日お天気予報大丈夫?」なんて話すハドソンさんが一緒に戻ってきた時、はシャーロックのいる長ソファの傍らに膝をつき彼と何か話している様子だった。
見るからに体が弱そうなをシャーロックから離させた。

「君は向こうへ。ほらシャーロックまず水…」

シャーロックの肩と顎の間を埋めるようにビリーが置かれていた。
ハドソンさんが心配そうに言う。

「ジョン、シャーロックはそんなに悪いの」
「…あ、いえ、37度1分。正直僕の騒ぎ過ぎです。すみません」
「あらそぉ、ならよかったわ。はこっちへ、食事にしましょう」

キッチンへ入って行ったハドソンさんをはしばらく追わず、その場に残っていた。

「ジョン、わたくしに手伝えることはありませんか」
「え?ああ大丈夫だよ、じゃあハドソンさんの手伝いを、食事をしておいで。そうか、言っていなかったっけ、僕は実は医者なんだ。この前までノーサンバランド・フュージリアーズ連隊で軍医をやってた」

だから任せてと言うと、はおとなしくうなずきキッチンに歩いて行った。

「うらやましいよ、あんなかわいい子に心配されて。ほらシャーロック、ベッドに行くぞ」

37度ちょいくらいでぐったりしてしまったシャーロックに呆れたがここに放っておくわけにもいかない。自分より背の高い相手を背に担いで(多少、足はひきずったが)彼のベッドに落とした。

「痛い」

シャーロックは文句を言いながらもすわりのいい位置に体をおさめて器用にうずくまり、枕に顔をこすりつけて目を閉じた。 さぞかしいい匂いがするし、ぬくいだろう。さっきまでここにうら若き乙女が眠っていたのだから。

「水、ここ置いとくぞ。…ビリーも」

シャーロックはうめき声で応じて毛布を頭までかぶった。
僕はベッドの端っこに腰かけた。

「さっき、彼女となに話してたんだ」

毛布の向こうから声がした。

「…自分がベッドを使ったからだと言っていた。自意識過剰な女だ。あっちいけってぼくが」
「うつしてしまうから離れておいで、って言ったらキスくらいもらえたかもしれないのに」
「いらないねそんなもの。あっちいけってぼくが言ったら見えるから避けられるからうつらないとか言っていた。だから自慢はよせよ、あっちいけって言った」

絡みずらい話題にどう反応すべきか少し考えて
「そう」
とだけ答えた。

「ウイルスが見えるってことはあの目玉は塩基配列の奥の奥しか見えないわけじゃない。まだ少しは倍率を変えられるんだ」
「そりゃ新発見だな。わかったから今は寝てろよ」

マットレスに顔を押し付けてくぐもった声でシャーロックが言った。

「マイクロフトがやればいいんだ」
「なんの話?」

それきり、シャーロックは返事をしなくなったので、毛布をもう一枚かぶせてその場を離れた。
あの良すぎるおつむの中ではこのマイクロフトの奇妙な依頼について僕の知らない事実が着々と積み上げられているのだろう。だが問い詰めるのはシャーロックがいつもの調子を取り戻してからだ。当面の僕の問題は今日をどこに連れて行くかということだった。
病人から横取りするようで申し訳ないようなのが半分、やったぜラッキーという思いが半分、僕はキッチンへ歩きながら言う。

「あー、ええと、依頼を受けたのはシャーロックだけどよければ僕が連れて行こう。まだこの時間ならバッキンガム宮殿の行進に間に合うし」
「本当!うれしいわぁ」

壁を隔ててハドソンさんの明るい声を聞いた。

「すみません、ハドソンさんではなくて」
「善は急げ、ね!下よ、ああそうよね、一緒に降りましょう。目が見えないって大変よね、あたしは腰が痛くて」

二人の姿が見えて、ハドソンさんのその言葉はへ向けられていたとわかった。そしてハドソンさんに手をひかれたは笑顔で僕の前を通り過ぎて行った。

「ジョン、シャーロックのことはお願いね。お医者様だものね。あたしはこの子にクッキー作りを教えなくちゃいけないの。実を言うとね、ずっっっと女の子が欲しかったのよ、一緒にお料理したり髪を結ってやるのが夢でね」
ハドソンさんは少女のようにはしゃいで階段をおりていく。
「腕が鳴るわぁ」
「ハドソンさんはドーナツも作れますか」
「もちろんよ!まかせて」

楽しげな声が吸い込まれていった方向を見おろし、シャーロックの寝室の方を見、からっぽになったキッチン、それからリビングを見て、僕はシャーロックが早く元気になりますようにと願った。






ほとんど家の中にこもって四日目の昼を過ぎていることを見ていたのだろうか、マイクロフトからシャーロック宛に封筒が1つ届いた。教えるとシャーロックは寝床でしがみついていた毛布を離してこっちに向かって寝返りをうった。
手に持って「これ」と振って見せると、シャーロックは眉間にしわを寄せた。

「確かにマイクロフトの文字だが消印がない。直接投函しているな」

体を起こして機敏な動作で封筒を奪い取ると裏表を観察し、においを確かめ、天上の明かりに透かした。

「先に火であぶってみるか。いや、レントゲンがいい。バーツに行ってモリーに機材を借りよう」
「普通に開けろよ」
「どうせろくな物じゃない」

悪態をつきながらおとなしく封を切って封筒をひっくり返した。もうすっかりいつもの調子に見えて安心した。午前中だけで治るなんて風邪じゃなくて本当に慣れないことをしたがための知恵熱でも出していたのかもしれない。
封筒の中からは長方形の紙が二つ落ちてきた。
シャーロックは眉間のしわを深くして押し黙った。

「なに?」
「ネズミーゴールデンクラシカルミュージックコンサート 大人2枚」



明日の最終日にふさわしいメインイベントが確定した。
ハドソンさんの命令のような強いすすめと金銭的支援もあって、ロンドン滞在四日目、ハドソンさんとがショートブレッドとドーナツ作りにひと段落をした夕方になって僕たちはが明日着る服を買いに行くことになった。シャーロックがの手を引かないから、僕は今度こそその役目を賜った。
僕が手を握ると脈を早くして、贅沢言えば好みのタイプはもう少し慣れた感じの子なんだけれど、悪い気分はしなかった。だが少々体温が高い気がするのは気になった。
タクシーを探してたったか歩いて遠ざかっていくシャーロックは追わずに一旦足を止めた。

「もしかしてちょっと熱っぽい?シャーロックのがうつったかな。失礼」

の前髪をあげて、額に手のひらを当てた行為に下心がなかったと言ったらうそになる。麦の黄金色を純水でうすめたような特異な目に間近で見つめられると、見透かされているようで急に罪悪感がこの身をさいなんだ。はにっこり笑う。

「大丈夫。もともと体温が高いのです」
「そう?僕は今日は君の専属医だから少しでも具合が悪くなったら言って」
「ありがとう、ドクターワトソン。シャーロックがすぐに治ったのもジョンの治療の腕がよかったからね」
「そのとおり」
「おい、何してるんだ。置いてくぞ」
すでにタクシーを呼び止めて体半分入りかけていたシャーロックが道の先で呼んでいる。
石畳にハイヒールのヒールがとられないようには早足し、僕はその手をひいた。
「置いてったら君がひとりで彼女のドレスを選ぶんだぜ」



オックスフォード通りにある庶民向け価格帯のデパートへ向かうようタクシーの運転手に頼んだのだが、僕らが降ろされたのはブロンプトン・ロード、世界一有名とも言われるデパートの前だった。
シャーロックが降りる時に、無口な運転手から黒色のカードを無言で手渡されていたのを見て意味するところは理解した。僕らの血税はこういう風に使われているのだ。
さても、”女性のドレスを決める”
それは難題だった。
僕はどちらかというと貧しい部類の人間で、店員が全員手袋をしているような店にはすっかり縁遠かったし、値段を聞いて「日本車が買える」とシャーロックに三度耳打ちした。
シャーロックはさっきから精神の宮殿に引きこもって出てこない。
目が機能しないから聞けた「明るい色がいいです」のヒントを頼りに、最終的にはさわり心地で選びなんとかドレスの試着までこぎつけた。
店の奥には221Bの部屋ほどもある試着スペースがあり、は店員と衣装とともにえんじ色のビロードのカーテンの向こうに入って行った。僕らは猫足の椅子へ促され紅茶まで運ばれてきた。
まるで異世界だと思って僕はちっとも落ち着かなかったけれど、シャーロックは深く腰かけて長い脚を組みその姿は堂に入っていた。くやしくて僕も真似て深くかけた。
やがてビロードのカーテンが開き、奥からイブニングドレス姿のが現れると僕はすぐさま前のめりになった。

「わあ、きれいだ」

思わず言うとははにかんで笑った。

「あ、ありがとうジョン。肩がすーっとして少し緊張するものですね。合っているでしょうか」
「合ってる、最高、すばらしい。なあシャーロック!」

となりのシャーロックの背を叩くとシャーロックは「…生地がよさそうに見える」とだけ言った。
淡白な発音の奥にそっくり「美しい」という賛美を隠しやがって。だのにはうれしそうにうなずいた。

「わたくしもそう思います。とてもいいさわり心地です」

この世から少しそれているようなあの容姿をは自分の目で見たことが無いのだと思うともったいなく、だからこそ浮世離れして見えるのだろうと納得もした。






ドレスはさっきの、そして靴とアクセサリーは店員の女性の言いなりに黒色カードで購入した。
高級店特有の緊張感のため長く感じたが時計をみればベーカー街を出てからまだ1時間30分しか経っていない。
前に立つシャーロックと小柄なの背中を改めて見てみると、見た目だけならなかなかお似合いだと思った。ピンときてぼくはシャーロックに大きなショッピングバッグを預けるとデパートのなかへ引き返した。

「なあ、シャーロック、これ持っていて」
「どこへ行くんだ」
「チョコレートを。前の彼女が言ってたんだ、このデパートの食品売り場に人気のがあるんだって。買ってくるから向こうの公園でと待っていてくれるか?せっかくこのカードもあるからハドソンさんの分とレストレードとモリーの分も買ってくる」
「…ああ」

建物の中に入ると僕は素早く柱のかげに身を隠し外の様子をうかがった。
デパートの入口の前に突っ立っていたシャーロックが、三拍おくれてに何か、目を見ないで声をかける姿を見た。何歩か勝手に歩き出したあとに振り返り、まぶしくもないのにまぶしそうに眉間にしわを寄せちょっと視線をあさってへ逃がしてから後ろで組んでいた手をほどいた。片一方をに貸したところまで見届けて、僕はにんまりしながら食品売り場へ向かった。
僕は頭の中で一つの推論を組み立てていた。
シャーロックがに心を惹かれはじめているという推論だ。
のほうは誰にでも同じように品行方正に接しているけれど、シャーロックの声を褒めるような色っぽい真似もしたからまんざらでもないはずだ。
マイクロフトの狙いは最初からこれだったんだ!
高機能社会不適合者の弟に恋の喜びを芽生えさせるために、王女を、ってのはよくわからないけれど、ともかくシャーロックがビリーを貸したのはまばゆい恋の兆し、春の目覚め、そして決まり手は今朝の知恵熱!あのシャーロックが恋なんて感情を解釈できるはずもなく、それで熱を出したのだ。
有名チョコレート店の行列に並ぶ間もイライラなんてひとつもない。夜の公園で二人がどんな会話を交わすのか、交わさずベンチで隣り合ってじっと座っているのか、可能性を興味深くさぐって頭が楽しい。
やがて僕の頭の中ではキスやハグではなく、映画「禁じられた遊び」の小さな二人組が思い浮かんでいた。

たっぷり時間をかけてハイド・パークに向かった。
遠くまで続く公園でシャーロックの上背との背丈の差はやっぱり見つけやすかった。
寒い夜にぽっと灯る街灯の下、木製のベンチのそばでこっちに背を向けて二人とも立ったまま足元を見ている。
二人の足元にまるまるふとった猫が三匹も、うろついたり寝そべったりしていた。
がおっかなびっくりに伸ばした手を受け入れるように猫が上向いて撫でられる。表情はほころび、シャーロックに向かってなにか言っている。シャーロックは笑い返すなんて器用な真似はしなかったが、猫に喜ぶをただただ無感動に碧い目でじっと見おろしていた。
僕はまだもうしばらく立ち止まっておくことにした。
寒いから買ったチョコレートは大丈夫。



黒いカードを使い、ちょっといいレストランでかなりいいワインで乾杯し、夕食をとった。
乾杯のグラスは三つだ。
同じ席に女の子がいるってのはいい。すごくいい。ぼくはそう思う。
注文の時に驚いたのだが、シャーロックがメニューを手に取って「彼女にはローストビーフとステーキアンドキドニーパイを。三人前」とかわりに言ってやっていた。は三人前食べると換算されたことに照れながらも確かにそうですという様子でうなずいた。

「ありがとう、シャーロック」

シャーロックの気遣い!僕は動画を撮りたい衝動に打ち震え、今すぐレストレードとマイクロフトに祝電を打ちたい気持ちでいっぱいになった。

「ジョン、ジョン聞いているのか。君の番だ、はやく注文しろよ」
「…っお赤飯を」












お腹いっぱいで221Bに帰ってきてシャワーを浴び歯を磨くとはひどく眠たそうだった。
なんとか耐えていたが、座っていると寝てしまうからとパジャマ姿で立ってさっきから窓の外を見つめている。
彼女の目に眺めて見える景色があるのか僕は知らないが、新聞から視線をあげたところには夜に鏡になった窓にのまなざしが三日月のほうへ向かっているのが確かに映っていた。
見えるのだろうか
後姿を見ているとその肩に床に引きずる長さのガウンがかけられた。
シャーロックだった。
はガウンをかけられた自分の肩へ睫をふせて、ゆっくりと踵をかえした。

「…おやすみなさい」
「おやすみ」

一歩、二歩とシャーロックの寝室の方向へ歩きだし、五歩目で肩からガウンが滑り落ちる。の体が垂直に落ちて、後ろについていたシャーロックが調和のように支えた。
糸の切れたをシャーロックが無言で寝室におさめ、もうベッドを貸すことに文句さえ言わなくなっていた。

リビングのソファで僕がにやにやしながら戻ってきた彼を見ていると、シャーロックは怪訝な顔をした。

「気持ちが悪いぞ、ジョン」
「いや、きょうなに話してたのかと思って」
「いつ」
「猫のとき」
「いくらぼくの頭脳が崇高なものだといっても猫とはしゃべらない。…本気でやろうと思ったらたぶんできるけど」
「なんだよ、誤魔化しちゃってさあ。となに話してたんだよ、楽しそうだったじゃないか」
「彼女だけな。マイクロフトの話をしていた。ぼくは別に楽しくなかった」
シャーロックは淡々と言う。
「ああ、そうかい。ところで今夜はビリーと一緒に寝かせてやらなくていいの?」
「…そうか。君はぼくが彼女に気があって行動を起こしていると思っているらしいがそれは誤りだ。ビリーを貸したのは君に怪しまれないように眠っているの心拍数を確かめるためだ」

僕はにやにや笑った顔の形のまま、しばらく思考停止した。

「…心拍?」
「そういう演技をしなければ、眠っている姫君の体に意味もなく触りに行ったと何の気なしの雑談レベルで君から密告されマイクロフトが血眼になって僕を殺しにやってくる」
「なんで…心拍なんて」
「眠っているとき彼女の脈は穏やかで普通の人間と変わりなかった。君も知っているだろうジョン。彼女の脈は妙に早い。体温も高い。それに体格のわりによく食べる。腹が減るんだ、意識があるうち脳と心臓は常にフル稼働でカロリーを消費し続けているから。すぐに眠るのは脳の稼働が限界に達するからだ。が視覚から読み取る情報量の多さに脳の処理が追い付いていない。だから目を開けて物を見ている時間が長ければやがて脳の体力が尽きて衰弱して死ぬ」
「シャーロック待て」
「今は最大まで倍率を上げて視界に入る情報量を極力減らそうとしているようだが、調節する機能にもガタがきていることは明るい場所と暗い場所で彼女の光彩と瞳孔の収縮拡大を観察していたらわかる。あの目はもうすぐを殺すんだ」
「…本当に」
「僕の説明で信じられないならマイクロフトに聞けばいい」
「マイクロフト、そうだ、君の兄さんがなんでそんな重大な時期にあるお姫様を僕らなんかに任せて来たんだ?もし本当に重篤なら観光なんてさせるはずがない、おかしいじゃないか」
「兄は無いことにされている姫君が生きているよりは死んでもらったほうが国にとって合理的だと考える男だ。予算を割かずに済むし、スキャンダルに発展するリスクも下がる」
「じゃあ…まさかが早く死ぬように物を見て回らせようとしたっていうのか」
「殺すだけならもっと昔にやっている。だから、おかしい」

いつも自信たっぷりに周りの空気などおかまいなしにしゃべり倒すシャーロックが、静かに首をかしげ、「おそらく、」と始めた。

「マイクロフトはを、延命させようとしている」

シャーロックは絨毯へ視線を落とし、精神の宮殿にこもるわけでもないのに顔の前で指先をぴたりとあわせた。
僕にはそれが小さな子供が不安なときに親指をしゃぶるのと同じ意味を持つように映った。
シャーロックは淡々と、しかしゆっくりと続けた。

「この旅行のあとの目は摘出される。いわば、このロンドン旅行は手術のまえの最後の晩餐だ」

僕は言われたままの言葉を受け取りぞっとした。シャーロックがいつもの早口な調子で言ってくれていたなら嘘だと疑っていた。

「彼女の命を引き延ばすのに確実な方法はひとつ、あの目玉を取ってしまえばいい。異常な処理量の原因が受容体である眼球か信号変換をする網膜にあるのか神経か脳にあるのかわからないんだろう。わかっていたらとっくにやっているはずだからな。だが原因箇所がわからないとしてもそもそも受容体がなければ演算は生じない。眼球摘出手術を行うまでの最後の五日間、彼女にはロンドン旅行が贈られた。だが君の知るとおりは行きたいところなどなかった。だからこれは彼女自身が望んだことではなくほかの誰かが望んだことだ。誰かって誰だ、二通りしかない。王族かマイクロフト。…けど、マイクロフトだ」

マイクロフトがやればいいんだと、シャーロックがつぶやいた言葉を僕は思い出していた。

は行きたいところなどどこもないのに、は、が喜びそうだとマイクロフトが考えていることをやっている。すべては、マイクロフトの気が済むように」



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