八戒が顔を洗って頭を冷やしてからしばらくあと、下着の件のように男では気が付かないところもあるだろうと悟浄がいい、例の闇医者のところに寄ってから三人を慶雲院に送った。がなにかみやげに持たされていたので三蔵が中を覗き込むと、女医のハリセンが三蔵に落ちるという珍しい一幕もあった。
慶雲院からの帰り道が静かだったのは、昼間の騒々しさがあったからばかりではない。
澄んだ月夜に冷たい夜風が頬を打ち、長い沈黙に先に音を上げたのは八戒だった。
「すみませんでした」
「んー?」
「なんというか、いろいろ」
悟浄は肩をすくめる。
「……」
「で、憑き物は落ちたわけ?」
「おかげさまで。そんなに憑いてました?」
「すんげー憑いてた」
「すみません」
「べっつにィ~」
「……」
「そういやさ」
「はい?」
「前行ったほら、あの胃の弱そうな雇われ店長の店あったべ」
「ああ」
「まぁた見たことねえ東の酒入れたんだと」
「またですか。この前のもイマイチだったのに」
「店自体金持ちの道楽だと味とかどぉーでもいんだろ」
「好きですねえあそこのオーナーも」
「あー俺も不労所得で酒呑みてぇー」
「今だって働いてないと思いますけど」
昼より身軽になったジープのわだちが方向を変えた。



同じ月の夜、三蔵が磨かれたノブに手をかけると中から風を切る妙な音が聞こえてきた。
また悟空が何かやっているのだろう。口に怒声をためてノックなしで扉を開いたが中は一人であった。
が一心不乱に素振りをしている。
その手に握られているのはカラーバット。フォームもなかなか堂に入っている。
三蔵に気が付くと額の汗をぬぐって手をとめた。
「こんばんは、三蔵様」
「あの女医か」
「いえ、悟浄がバットをくれたのです。素振りのやり方も」
「後日殴っておきます」
「え」
「いえ、こちらの話です、…」
まだ夕餉の時間には早く、髪結いの時間には程遠い。
昨日のなごりでまだ少しの気まずさのあったはしかし、憧れてやまない悟空の姿にならって笑う。
「どうなさいましたか」
たもとをさぐり三蔵がてのひらを差し伸べた。
「あなたのものかと」
の目と口があっと開いた。
「種、どちらに」
「千切れた着物のたもとに」
興奮気味に両手で受け取ったが、手の中で種を見つめてしばらくすると落ち着きはらった声でいった。
「…そうだったのですか。見つけてくださってありがとうございます。身に余ることです。わたくしにはお返しできるものが」
「返すならばそれを贈った小坊主になされよ。用はそれだけです。失礼する」
冷淡にいい、余韻も残さず三蔵が立ち去ってしばらくすると悟空がお盆を持って飛び込んできた。
「姫ぇー!ごっはんっだよー!なに見てるの?」
寝台に腰掛けていたは手を開いて悟空に見せる。
「あ!ヒマワリの種じゃん。あったんだ」
「ええ」
「よかったねえ」
「うん」
うなずいたのまなざしはしずかな光をたたえてまだ種に注がれている。
さすがの悟空もそんなにまで大事だったのかと驚く。
「ヒマワリの種というのはそれぞれに美しい模様があるものなのですね」
かみしめるように微笑った理由が悟空にはわからなかった。



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