二人が「公務」を済ませている間、悟空と悟浄と八戒は外で待っていた。そこで悟空の口からうっかり坊主の間で不平不満の声があがっていることやそれを耳にしてが心を痛めていることを聞いてしまった。
斜陽殿で用事を済ませたあと昼ごはんを食べようと入ったファミレスで、悪口なんか屁でもねえ、それくらいうちの蛇口から出ますけどレベルの悟浄は軽く笑ってのけた。
「ほっとけほっとけそんなもん。ダイジョブだって」
悟浄はいつも優しい。はそう思っていた。けれど気をつかわせてしまったことをすまなくも思っていた。
「ありがとう」
悟浄が調子に乗って肩を抱くとどこからともなく備え付けのフォークが飛んできたので手をはなす。
「なんだったらこのままうち来りゃよくね?なあ八戒」
「そうですね」
八戒も陰口の件は屁でもねえが、あの一件以来とは顔を合わせづらそうだった。しかしきょう、ファミレスでの目の前の席を陣取った。
「この前ついにオーブンを買ったんですよ」
そう切り出した八戒はいつもあんなにきれいに笑って見せるのに、どこかすまなそうな不出来な笑顔をに向けている。
「え!?マジ?オーブンって鳥の丸焼きとかできるやつだろ!?」
「そうですね。鳥の丸焼きはクリスマスにでも」
「やったー!なあ三蔵、クリスマスに八戒んトコ行っていいだろ?」
「うちは仏教だ」
「大葉おろしの和風ハンバーグ頼んだ生臭坊主がよくいうわ」
「あー、いってたらなんか腹減って来た。飯まだかなあ。ハラ減ったー」
「おめえが注文しまくるから厨房パニクってんだっつの」
「ええと、…まずは今度アップルパイでも焼こうかと思ってるんです。悟浄はそういうのあまり食べませんから作り甲斐がなくて、もしが好きだったら」
「俺アップルパイ好きィ!」
「食ってやらんでもない」
屁でもねえ食べ盛りと甘党が返事する。
八戒の勇気をうけとっても笑う。
「どんな食べ物かとても楽しみです」
「えっとねー、アップルパイはこのページにあるよ、これ!」
「…悪くねえな」
「あ、三蔵、悟空。ファーストアップルパイは僕が作りますから、追加するなら別のデザートにしてくださいね」
「じゃあ親子丼」
「おまえ的にそれデザートなの?」
努力して作っていた笑顔が、自然とほころぶ。
この者たちがの目にはまぶしくてしかたがなかった。






悟浄の家に戻ってから三蔵は煙草を買いに、八戒は今日食わすわけでもないのに練習するからといってアップルパイの材料を買いにジープで出かけていった。悟空とと三人でカードをして二人の帰りを待っていたが、窓の外に珍しい鳥を見つけて悟空が一目散に飛び出していくとぽっかりと二人きりの時間が生まれてしまった。
「なんか飲むべ」
よっこらせと声をあげて膝を起こして湯を沸かす。
くつくつと沸騰する音が聞こえ始めた時だった。
「悟浄には家族がいるのですか」
「んー?」
ずっと黙っていたかと思えば後ろからそんな声がかかった。
悟浄は振り向かずにヤカンと向き合う。俺に聞くなと思ったが、よく考えれば三蔵も悟空も親兄弟の顔なんて見たことなさそうなタイプだし、八戒には聞けるはずもない。
「…いんよ。たぶん」
俺だって向いてない。
湯が沸き、火を止める。
とすれ違ってダイニングテーブルに戻り、急須に茶葉を突っ込む。
「兄貴がいる。たぶん」
「たぶん?」
「生きてるかわかんねーだけ」
「…どんな方ですか」
「別に。ヘンだけど普通の兄貴だよ。わかんねえけど」
「…」
会話が途切れるとは床に座って散らばっていたカードを拾い始めた。
茶がはいるまで悟浄も床にべったり座り込んで手の届く範囲のカードを拾った。
あの寺にいつまでも置いておけるということはないだろう。
この見た目だ。こちらのものでないというのはわからなくもないが、かといって天界に戻せといわれてはいどうぞといえるほど天界とやらに詳しくない。むしろ今のところの印象は最悪だ。でもと血のつながった誰かがいるという。
最後の一枚をとったの手首を掴む。
スペードが床に落ちた。
「血のつながりがあろうがろくでもねえのはいる」
立てた膝の間にの身体を引き寄せて真正面から凄む。
「たまにろくでもなくねえのもいるけど、大抵ろくでもねえんだよ」
の白い頬に赤い髪がこぼれた。
「たいてい。たまに違ぇけど、たいていさ…」
「…」
頬を両側から包んで目を合わせたら少しはスケベ心が顔を出して軽口でも叩けるかと思ったが、うまくゆかなかった。
頬をぺちぺちと二回叩いただけで済ませた。
もう茶がはいったころだ。
「あなたが優しいのは家族のせい」
至極まじめな顔でがいう。
「…」
悟浄は目を閉じて息をつき、呑み込む。
ゆっくりと赤い目をひらくとの手首をさっきよりも強引に引き寄せて前に倒した。
立てた膝と体とで覆い、下がろうとした腰を手で押しとどめ、逃げ場を奪う。
腰をとらえていた指がやわらかな乳房をかすめ、喉元を撫であげて唇に至る。
「来いよ」
互いの吐息が触れていまにも重なる。
「か」
「か?」
「火事だー!」
三蔵法師が窓を破って室内に跳び込んできた。
八戒は扉を叩き割って無言で悟浄の首根っこをひねりあげ、
「火事!火事どこ!?」
池のフナごと水をくんだ巨大なタライを持って悟空が部屋を見回す。
「嘘ですごめんなさいホント冗談です。だってあんなん俺のこと好きだと思うじゃん普通!うわっ、足浮いてる!浮いてるっ!!」



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