「カガリ、いるか」

ノックの数秒後に中から扉のロックが解除された。

「あー丁度いいところに」
「ちょうどいい?」
「私もおまえに聞きたいことがあったんだ、まあ入れよ」
「あ、ああ」

カガリに引っ張られて小さなテーブルの前に座らされた。彼女もその正面に腰掛る。

「で、アスランの用事ってなんだ?」
「カガリこそ、聞きたいことがあるんだろ」
「こっちのはあとでいいから、どうしたんだよ。言ってみろって」

おれはしぶしぶと、おずおずと、言葉をつむぐ。




「さっきは・・・オレが苛々していて言い過ぎた。だからその・・・すまない」

カガリはきょとんとした顔をして、すぐに子供のように笑った。

「なーんだよ!そんなこと気にしてたのか、おまえってほんと変わってるな」
「そのセリフはおまえとクルーゼ隊長とイザークとラクスとキラには言われたくない」
「・・・おまえの周り、なんかかわいそうだな」

ぽんぽんと肩を慰められるが、おれはどっと疲れた気がした。

「・・・で、カガリの聞きたいことって」
「ああ」


カガリはおれをまっすぐに見た。わずかにどきりとする。

目が強いのだ。

まっすぐに見られると何かを暴かれるような気がする。






「ラクスと二年間もいて、一回もなにもなかったのか」

その質問はいつも以上に突拍子がなくて、理解に苦しんだ。というか理解できない。

「へ、変な意味じゃないぞ。なんていうか・・・友達になったりとか、それ以上になっ・・・なりたいとか思ったりとか」
「友達?なに言ってるんだ。婚約者だったってことは以前も話しただろう」
「なんだそれ。からっぽなこと言うな。何度も何度も会ってたら普通なんか思うだろう。思わなくたって、
すごく笑ったりして仲良くなることあるだろ」



思い出してみる。



「・・・ラクスはいつも笑ってるよ」
「じゃあ、すごく怒ってたりしてそのあとに嫌いになったり好きになったりすることあったろ」
「彼女は怒ったりしないよ」
「怒らなくたってイライラしたり」
「ラクスはのんびりだったから、ないよ」
「落ち込んだり」
「ない。天然で俺を落ち込ませることはあったけど」
「動揺したり」
「俺が銃を向けても動揺ゼロだった」
「・・・」
「聞きたかったのはそんなことか?俺が人と関わるの苦手だって知ってるだろ。何もないよ」

カガリは眉根を寄せた。

「なんだ、それ・・・」
「本当のことだけど」
「からっぽだ」
「からっぽだよ」

おれが言うなり、カガリは悔しそうな顔をして、拳をぎゅっと握って、何度か唇だけがぱくぱくと動いた。
おれはカガリの問いに答えた。
本で読んだような「元彼女との関係の進行具合を知りたがる今の彼女」というシーンだと思ったから、ラクスとは
何もなかったよと真実を伝えてカガリは喜んでくれるのではないかと思ったのに。
ほっと肩をなでおろす姿はなくて、
ポタ、と涙がおちる姿が目の前に現れた。

「なんで泣くんだっ」
「普通泣くんだ!怒るんだイライラするんだ落ち込むんだ動揺するんだ!ラクスも」
「ラクスが俺の前で泣くわけないじゃないか」

ラクスはいつも笑っていた。
はじめてあったときも、いまもそれは変わらない。
目の前で見る笑みは画面で見るときよりも少し穏やかなものに見えた。何年も前にあげた小さなロボットを友だちと
言っていつもそばにおき笑う。庭園の花を愛でて笑う。散歩をして笑う。紅茶を飲んで笑う。
庭園と白いティーテーブル、ハロたちにかこまれて、彼女は決して揺らがず微笑む。
そう見えたのだ。そうに違いにないのだ。違いない。絶対。

そうでなくては困るんだ!



安寧の庭

花と小鳥

小さなロボット

微笑う歌姫


















































けれど

おれは一度もナイフの近接戦闘授業の話をラクスにしなかった。微笑む以外の反応をされたらどうしていいかわからない。

ナイフの授業は父上や仲間や君を守るためにあるんだよと、一度も誰にも言わなかった。嘘だと知っていた。


これは人を殺すための練習だと知っている自分は全部小さな箱に押し込んで蓋をしめて押しつぶし

彼女は心の揺らがぬ人である、それ以外の可能性は全部小さな箱に押し込んで蓋をしめて押しつぶしてきた。


見ない
見ない
見ない


ラクスがカガリのように感情を人に伝わるように真正直に表せる人であったなら
俺は「見ない」ことなどできなかったろうに。
けれどラクスは笑うことしかしなかった。






<<    >>