意識こそあったものの顔は青白く、しかもたいそう苦しそうな様子で、天晴は一目散に病院へ向かった。が、不規則な息の合間に自身が、どうかホテルに戻してほしいというので、大急ぎでホテルにハンドルを切った。
加納と家臣団は、大事な姫様が小雨の腕の中でぐったりしているのを見るやいまにも小雨に飛びかからん勢いであったが、侍女のお園が冷静に間に割って入って男たちを黙らせた。
そのお園にが耳打ちし、今度はお園が来い来いをして加納に耳打ちした。
「なにィ」
素っ頓狂な声をあげたきり、老人はきゅうに居心地が悪そうになり、
「一色殿」
と呼んだ。
「は」
「しばし、よろしいか」
「は、はい。しかし姫様は」
「心配はご無用。来なさい」
「はあ」
侍女に伴われてが部屋に入り、扉には内側から鍵がかけられた。
「大事ない。皆も戻れ」
家臣団が散り、小雨は後ろが気にかかりながらも加納についていく。その横をホトトが風のように追い越して、
「ホトト、どこに行くんだ」
中央階段を降りていった。





賞金100万ドルのために出場した大陸横断レースでは“四等賞”に終わった。ディラン・G・オルディンには“まっとうに稼いだ金”が必要だった。すべては、亡き恋人の孤児院を再建するためだ。
しかし、戦争の功績で恩赦されたとはいえ一騎当千と呼ばれたアウトローにまともな仕事などそうそうありはしない。舞い込んでくる案件は大別するに、こそこそした人殺しと、堂々とした人殺しのどちらかだった。
そんな案件ばかりのなか、この高級ホテルの用心棒のオファーは燦然とかがやいた。
一階のラウンジで新聞を広げてブランデー入りのアールグレイをすするだけの楽な仕事だ。と思ったが、表彰式で目を付けた娘がここに泊まっていると知ったTJが押しかけて来てからというもの、やけにその娘の周辺が騒がしい。
ホテルの支配人は連日押しかけてくる日本人を追い払ってほしいようだったが、サムライ同士がロビーで斬り合いを始めるわけでもなし、いちいち追い返す義理はない。
加えて、ある事情からその娘を観察しているディランにとって、娘をたびたび部屋の外に連れ出す天晴一行の存在は、好都合だった。
その娘が小雨の腕に抱えられて慌ただしくホテルに戻って来てしばらくした頃、ホトトが血相かいて駆け寄ってきた。
「ディラン!」
「俺は仕事中だ。気安く話しかけるな」
「大人の女の人が元気になる食べ物ってなんだ!?」
「なに?」
無視するはずが、あまりにもおかしな質問で思わず聞き返してしまった。
「飲み物でもいい。なにか、すぐに必要なんだ、ディラン!」
「…」
「ディラン!」
「…甘い物」
「あまいもの!ありがとう!」
ピューとホテルを飛び出していったホトトの後ろ姿を、ディランは怪訝に見送った。






転がるように街を走り、ようやく探し当てた“甘い物”の店には長蛇の列ができていた。
ホトトは焦った。
ほかに甘いものを売っている店がないかあたりを探したが見当たらない。
そのかわりに、こちらへ向かって歩いてくるアウトロー兄弟の姿を見つけた。
恐ろしい鉄の仮面をつける例の作戦で列の先頭を獲得し、アップルパイが詰まった紙袋を受け取って
「ありがとう!」
駆けだした襟首をバッド兄弟の兄、チェイスが捕まえる。
「待て、ぼうず」
「ごめん。急いでる」
「だから待てって」
「兄ちゃ、病気のひとがいるなら、おれ、きょうはアップルパイはいいよ。あげる」
「アップルパイ置いてけつってるわけじゃねえ。裏道は通るなよ。表通りを行け」
不思議な忠告に、急いでいたホトトの勢いがちょっと緩んだ。
「なに、俺たちゃ最近小遣い稼ぎに賞金首をとっ捕まえてんだがな。どうも近頃このあたりを胡乱な連中がうろついてるって噂でなあ」
それはおまえたちのことじゃないのか、と順番を横取りされた客たちは思ったが、チェイスの人相とトリスタンの巨躯を前に口に出せる者はいない。
「オレを子供扱いするな」
「金持ち狙いの子悪党って噂もありゃ、ギルの残党って話もある」
これにはホトトもぎょっとした。
トリスタンが見せてくれた手配書の似顔絵たちに見覚えはなかったが、そえられた文章に「体の一部に蛇の入れ墨あり」とあった。ゴーストタウンから逃げた連中が人の多いニューヨークに潜伏していてもおかしくはない。
「近くうろついてんのがこいつらなのかはわからんが、おまえらは賞金100万ドルを持った金持ちで、ギルの手下にも恨まれてる人気者だ。せいぜい気ぃつけな」
ホトトは神妙にうなずいた。
「わかった。アップルパイ、ありがと」
「いいってことよ。じゃあな、甘い物食ったら歯ぁ磨けよ!あと、晩飯前に腹いっぱいにすんなよ!」



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