の卒業パーティーへの同伴はいよいよ明日にせまった。
「なにか食うものはないか」
小雨が寝床に入ろうとした頃にようやくのそのそとコックピットを降りてきた。手には今日借りた学術書を掴んでいる。
「夕飯の汁物の残りが鍋にあるから自分であっためろ。俺は寝る」
「それは無理だ。俺は明日別の本を借りたいからこれを読み終わりたい」
「おまえなあ」
「静かにしろ、ホトトが寝てる」
「ったく」
文句を言いながらも、小雨はのそのそと毛布を抜け出した。



天晴一行の炊事場は倉庫の前だ。
遮蔽物なしに吹きつける海の夜風に「さぶ」と肩をすくめて鍋を火にかけた。
にくたらしく思ったが、まあいいか、とも思う。
どうせ眠れそうになかった。
天晴が外に出てきた。

「そんなに早くできないぞー」

返事もせずに、二人分ほどの距離をあけて横の地べたに座りこむ。

「…、なにか話でもあるのか」

星の光と鍋の火では本を読むには暗すぎる。

「あいつはいい」
「…」
「やりたいことをやってる。あいつはもう完璧だ。なんでお前と結婚なんかするんだ」

今度は小雨が無視をした。

「俺の姉ちゃんは親に言われたとおりのやつと結婚したけど、殴ったり蹴ったりされて、離縁して帰ってきた。帰ってきたとき、右の眼に血の膜が張ってた」
「…そうか」
「あんなことをしたやつから離れられたのに、情けないとか、はずかしいとか、周りの連中は陰口を言っていた。なんでだ。やりたいことをやって、みんな自由に楽しく生きればいいのに、なんでだ」

「そうだよ」

「…」

「そうだ」

穏やかにいう。
天晴は驚いていた。
見あげた夜空には雲がかかっている。
その先に月があることだけ、おぼろげな光でわかった。

「バービケーンも言ってたなあ」

天晴は眉をひそめた。

「ものすごい熱で動いている物が、突然その速度をゼロにされると、その衝撃で即座に蒸発して消えてしまうんだそうだ」

言うことはわかるし、Trip to the Moonで読んだ場面ではあるが、小雨の真意をはかりかねて天晴の眉間のしわはどんどん深くなる。

「こういうのは、“理学”っていうんだろ。根源までたどればみな同じ。おまえならエンジンも自動車も飛行機も工具も突然全部取り上げられて、一切何もできないようにされたら、衝撃で死ぬ」

ようやく鍋からいい匂いがしてきた。

「あの人も同じだろうな。俺は、おまえたちには走り続けてほしい」
「…俺の質問の答えになってない」
「ほい、かんせー。小雨特製味噌なし味噌スープだ。食い終わったら火消して鍋を中に運んでおけよ。俺はあす似合わん燕尾服かなんかを着せられて、姫様と卒業パーチーとやらに行くからもう寝る。ネクタイってやつの結び方を誰か知っているといいんだが。姫様のドレス姿だけが楽しみだ。あ、食った茶碗は自分で洗えよ」



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