大騒動はむしろ、パーティーを終えてホテルに戻ったところからはじまった。



まずディランである。

「おい、あんた」

ダンディーでハンサムなちょいワルが、今夜はひときわ美しい着物姿の乙女を引き留めたのだ。小雨はの前に立ちはだかって鋭い眼光をさえぎった。
「どけ。俺はその女に用がある」
「それはできない。加納様、お園殿、姫様を上へ。おはやく」
が階上に消え、ディランの顔はいっそう険しさを増した。
いつもなら腰を低くしてもみ手するところだが、今日の小雨は一味違う。
「なにしてんだ小雨」とラウンジの長椅子で寝ていたホトトが起きだして目をこする。
「貴様、あの女の兄貴かなんかか」
「ちがう。私は…」
離れ離れになっても愛し合うと約定をかわしたばかりの男です。でへ。とはいわず、顔を引き締めて対峙する。
「それより、あの方に用向きとあらば私が聞こう」
「おまえが?…まあ、いい。あの女を俺の」
「ノーだ!」
「孤児院で働かせる気はないか」
「へ」
「孤児院?」と鳩が散弾銃の豆鉄砲をくらったみたいな顔でディランの言葉を繰り返す。
聞けば、
再建しようとしている孤児院の働き手を探していたディランは、数日の間にホトトと天晴(はすでに成人なのだが)を手なずけたの手腕に目をつけて、採用の話を持ち掛けるチャンスをうかがっていたのだという。
早とちりした小雨は腰を下げ、もみ手をして、かくかくしかじかというわけで姫様には別の夢がありまして…と説明した。
「とはいえ、お耳に入れずにこちらがつっぱねてしまってはアレがソレですから、最後にはやはりその、姫様に直接聞いてもらうのがよいかと」
「それを邪魔したのはおまえだろう」
「申し訳ありまっせん!」
「まあいい。今日はとりこんでいるみたいだからな。次に話す」
ディランがラウンジの定位置に戻ると、話が済むのをずっと待っていたのか、家臣団の若侍がずいぶん苛立った様子で小雨のもとにやって来て、それはもとは自分の羽織だからはやく返せとつっけんどんにいってきた。
急いで返してもとの着物に着替え、加納達によく礼を伝えてから一階に戻った。
なんとなく振り返り、中央階段の上をのぞきこむ。
こんな時間だ。今夜はもう会えるはずはない。
いつの間にか横に立っていたホトトが同じほうを向いていう。
「今日のさんの服、かっこよかったな。みんな噂して話題になってた」
思い出すだけでぽうっとなりそうな頬をバチンと叩いて、気を取り直す。
「よし、帰るか。天晴はどこだ」
「暇だから裏の駐車場で車を改造してくるって出てったきりだけど。岩にぶつかっても進める強度がどうとかって」
「岩ァ?」
なぜ岩にぶつかる前提で改造する必要があるのかわからなかったが、先日のの運転がよみがえり「あれか…」と小雨は頭をおさえた。

突然、ホテルの外で連続した銃声が轟いた。

「おうおうおう、ここに天晴がいるって聞いたんだがぁ?」
靴を鳴らしてエントランスから姿を現したのはチェイスだった。弟のトリスタンもいる。
近くにいた紳士淑女とホテルマンが恐怖に凍りつく横で、「よう」とホトトは軽く手をあげた。
「この前はアップルパイありがとうな。どうしたんだ、こんな時間に」
「ようぼうず。こんな時間まで起きてっと寝小便たらすぞ」
「子供扱いするな」
「んなことより、天晴はどこだ。隠し立てするならただじゃあおかねえぜ」
「天晴なら外にいるみたいだが、あいつがまた何かしたのか」
「オラたちの車、とられた」
「ええ!?」
聞けば、
バッド兄弟は今夜、この近くの高級レストランにトラロック号で乗り付けて食事にやって来たという。二人は道の真ん中に堂々と停車し、そこに天晴がひょっこりと顔を出した。
「兄ちゃん、アッパレがいる。元気にしてたかぁ」
「おまえたち、これから飯か」
「おう、そうだぜ。ちょうどいい。ちょっと飯付き合えや、そして奢れ」
「いい。俺はさっき食った」
「そうかよ」
「それより、この車ちょっと見ていいか」
「整備してくれるのかあ。兄ちゃ、よかったなあ」
「ちょうどいい。もっとスピードが出るようにしておいてくれ、じゃ、頼んだぜえ」
で、食事を終えて料金を踏み倒して出てくると車がなくなっていたというのだ。
小雨は再び腰低めにもみ手しながらホテル裏手の駐車場へと案内した。
「たぶんここにいるとぉ、お、いたいた。おーい、天晴」
トラロック号がその原型をとどめたまま天晴号の近くに停まっているのを見つけ、小雨はほっと胸をなでおろしかけて、バッド兄弟の車体の前方についていたはずの鋭く尖った鋼鉄の装甲版が、今は天晴号の前方にとりつけられているのを発見した。
「あー!テメ!なんてことしやがる!」
「なにって、スピードが出るようにしただけだ」
装甲版の下からスライドして出てきたこの男が、悪びれるはずもなく、
「お前たちの車はだいぶ軽くなったから速くなったし、俺は障害物の突破力強化を試したかったから、ちょうどよかった」
「オレらの車のパーツを盗んでなにをいけしゃあしゃあと言いやがる、この盗っ人めが!」

「これ!若造ども、今を何時だと思っておる」

一喝したのは加納であった。
まだ和装のままで、家臣団の侍五名をぞろぞろ引き連れてやってきた。
小雨が三度目のもみ手スタイルで間に入ったそのとき、今度はホテルの中から悲鳴と銃声が聞こえてきて、全員で正面に駆け戻る。
すると、こともあろうにあのTJとディランがラウンジで対峙しているではないか。
すでに何発か撃ち合ったと見えて、花瓶は割れ、壁にはいくつも穴があいている。
「きゃつめ!」
加納がさけぶ。
「松葉あたまの乱破者!性懲りもなくまた姫様をさらいに来よったか!」
加納と家臣団の指がはやくも刀のつばにかかっているのを見、小雨は本日四度目のスタイルで間にすべりこんだ。
が、その直後にTJは思い出したように両手の銃をホルダーにおさめてしまった。
「俺様としたことが、むっつりスケベのツラ見てお目当てを忘れるところだった。聞いたぜ?きょうの子猫ちゃんはゲイシャ・ドレスを着てるんだってなあ!」
にぃと歯をのぞかせたかと思うと、次の瞬間には動物的な速さで階段をかけあがっていった。
「待て!」
全員同時に声をあげ階段に殺到する。
TJは本能をむき出しにした雄獣の勘での部屋を探り当てると、追いすがる男たちが廊下で団子になってつかえているすきに神域ともいえる禁断の扉を蹴破った。
「それだけはさせない!」
小雨が団子から転びでてTJの腰に組み付いた。
二人もつれあって部屋の中に転がり込み、激怒したTJがトリガーを引く音が今にも頭上で聞こえるかと思ったが、どうもその気配がない。
「こりゃあどういうわけだ」
TJの呆けた声をきいて小雨は顔をあげた。
奥の、天蓋付きの寝台の下に侍女のお園が倒れている。その口には猿ぐつわがまわされ、両腕と両足は縄に縛られて身をよじっていた。
加納たちが追いつき、中をみて息を呑んだ。
「これはっ、なにがあった」
「姫様は」
小雨が気づいた。
「姫様!」
声は返らない。綸子の打掛だけが床に打ち捨てられている。
くつわをはずされたお園が悔し涙に声を震わせて叫んだ。

「姫様が誘拐された!」



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