「夜のうちにお加減が悪くなられましたら、外に侍従を二人置いておりますゆえ、それにお申し付けくださいまし」
「乳母や、もう大丈夫ですよ」

何か言いたげにしていた侍女長の老婆であったが飲み込んで、の肩まで布団をかけなおしてから寝所を辞した。
障子戸が閉まると、部屋の中の蝋燭の明かりで、廊下に二人、侍従の影がゆらゆら浮かんだ。
入り口の右と左、微動だにせず座っている。
たいして興味もなくて天井へと視線を戻した。



の母御前はのその目が、溺愛する小次郎によう似ておると言ってたいそう褒めた。髪は自分に似て良い質であるとたいそう褒めた。
年の離れた兄弟は皆好きだった。
昔は皆でよく遊んだものだ。母の目の届かぬところでは本当に仲の良い兄弟であった。
父が亡くなってからひと月ほど経った頃、母は政宗を慰めて来いとに菓子など渡して遣いにやった。
も食べていいですか」
母は優しく笑って
「よいでしょう。兄上が食べてよいと言ってから仲よう分けてお食べ」
母が大兄を思いやったのをはじめて見て、は幼いながらに嬉しくて意気揚々と大兄の執務室へと向かった。
途中、渡り廊下でスズメを見たので、「大盤振る舞いじゃ」と指で菓子をつぶして庭に少しまいてやった。今にして思えば、城主の執務室に子供が菓子を持って会いに行くなどお叱りをうけしかるべきことなのであるが、無邪気であった。
「あにうえ、がお菓子をあげる」
執務室で何事が話し合っていた全員が振り向いた。兄に兄にと思っていた。こんなに大人が大勢いるとは思わずは怯む。しかも空気が重苦しい。一人ひとりの眉間のしわの数を足していったらきっと手と足の指の数を合わせても足りない。
「あの・・・おかしなの・・・」
沈黙と視線が体長130センチにも満たないに集中していた。白い布巾の上にまあるいお菓子。
「ここはガキのくるところじゃあないぞ」
若き筆頭が立ち上がりる。の前までやってきて叱るのかと思いきや「こりゃあうまそうだ」と頭をクシャクシャに撫で、庭に面した廊下に促した。政宗自身も廊下に出る。
「政宗様、人事の折衝はまだ済んでおりませぬぞ」と怖い顔の男が一人、政宗を呼び止めた。
「一旦休憩だ。キューケー」
「まったく」



ああ、あのときため息して見送ったのが片倉小十郎であったか。
天井を見つめて眠りを待っているは思い当たった。よく覚えていないけれど、今よりも若かった。



それから、政宗は廊下を歩きながらから菓子をうけとった。よい天気だ。
大兄は会議を抜け出せて機嫌がよかったので、もさらに嬉しかった。
「あのね、お菓子ぜんぶ兄上にあげなさいって。だからね、食べてないの」
「そりゃあ感心だ」
「でも、でもね、兄上が食べていいとゆったらわけて食べてよいの」
菓子が食べたくて興奮気味に主張する姿に政宗は笑って、菓子をとっての手のひらにのせた。
「半分ずつな」
の表情がパッと咲く
まあるい菓子
おいしそうな菓子
母上がくれた菓子
兄上とのための菓子
菓子!
「よせ.」
厳しく短い声を聞く。
見上げると政宗は庭を睨んでいた。
スズメが三羽死んでいる。
政宗のところへ行く途中にまいた菓子、ここでまいた
菓子
政宗はスズメの死を見つめながら、おまえは一口も食べなかったんだなと静かに尋ねた。
はスズメの死を見つめながら静かにうなずいた。兄の顔は見れなかった。
(仲よう分けてお食べ)
両手のひらから菓子を落として両耳をふさぐ。
耳にあてた手はやんわりほどかれ手を繋いだ。
二人ただ庭を臨む。



繋いだのはこちらの手、とは左手ゆっくりグーパーした。

廊下がにわかに騒がしくなったのはそのときである。
外の侍従の影が三つになった。耳打ちしたあと槍を帯びる音がして三つの影のうち二つがの部屋の前から離れていった。
体を起こす。

「なにごとかあったのですか」

障子越しに残った一つの影に声をかける。

「いえ、たいした事ではございません」

影がわずかに頭を下げながら返す。

「姫様はおやすみを」

聞いた声であった。



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