「そうしたらあのヒヒジジイ、自分の孫娘を嫁にといって聞かなくてな。んな気はなかったが聞けば孫娘がまだ生まれて一年というじゃねえか。さすがの俺でも・・・Hey、小十郎。ずいぶん辛気臭い顔してどうした。そんなんじゃ不機嫌顔がdefaultになっちまうぜ」
「政宗様」
「オイオイなんだってそんなに眉間にしわ寄せてんだ。もう少しにこやかにしてねえと女にモテねえぞ。いや、モテてるみてェだが。聞いたぜぇ?道場に女が来たってな」
「政宗様」
「おまえのイイ人の噂は腐るほどあるが本当のところどうなんだよ。その女が本命か?道場にいた連中に聞いても全員俺には言えないといいやがる。いるなら今度つれて来いよ。そうだ!あさっての鷹狩りがいい。そん時につれてこい」

「政宗様!」

小十郎の一喝、いや三喝目で政宗は唇をとがらせながら目の前の書状に向き直った。
向き直って筆をとったそばから書き損じて、ぐしゃぐしゃと紙を丸め、その場に仰向けに寝転がってしまう。
「いい加減に集中なされませ。怠惰に過ごせばその分だけ執務から離れられませんぞ」
「わーってる」
「朝議にもあがりましたが、一度ならず二度までも城内に曲者が入り込んでいる先日の一件もございます。内応者があることを考えれば早急に手を打つべきかと存じます。他にも」
「かぁーむだうん」

政宗はあくびしながら言って、体を起こした。

「あさっての鷹狩りまで中止にされちゃたまらねえからな。やる」

動機は不純だがまあよしとする。
小十郎も自分の仕事に戻ろうとしたときである。廊下からお呼びがかかった。

「おう、どうした」
「失礼いたしやす」
戸を開いたのは小十郎の部下であった。
政宗に深く頭を下げてから小十郎に客があると伝えた。

「お客?」
予定にない。
「どちら様だ」
小十郎がたずねると、部下は政宗をちらちらと気にしながらリーゼントを床にこすりつけ
「お、お客様でございます」
と返した。
奥にいた政宗がにやにやしながら「女か?」とリーゼントに問う。彼は今度は小十郎にちらちら目配せしながら冷や汗で汗だくになった。
政宗の前では言いづらそうな態度を見、小十郎はひとりの女性を思いついた。

「政宗様、しばし御前を失礼いたします」
「いいぜ、行って来いよ」

政宗はにやにやひらひら手をふって見送った。
小十郎のイイ人が来たのだと思っておもしろがっていたが、“イイ人”と据えた女が彼自身の妹であるとは思いもよるまい。
小十郎は部下に案内させながらため息をついた。

「で、一体なんのご用とおっしゃっていたんだ」
「すんません!俺たちみたいな下っ端が直接はなししていい相手じゃないかと思ったもんで聞いてないッス。お姫様はただ片倉殿はこちらにいますか、と」
「そうか。おめえら変な勘繰りすんじゃねえぞ。この前だって俺に礼を言うためだけにお出ましになったんだ、律儀なご気性なんだろうさ」
「マジですかい!さすが筆頭の妹君!家臣思いなんスね」
「ああ。おめェらまずい茶なんざ出して無礼を・・・・・・」

小十郎は立ち止まった。この廊下の先に姫はいらっしゃるのだろう。
確信したのは廊下の先で、小十郎の部下十余名が障子の隙間から中をのぞこうと押すな押すなの人山になっているからだ。
背後に去来した鬼の小十郎にも気付かない。






「外で悲鳴が聞こえましたが、何かあったのですか」
「さあ、猫がおったのやもしれません」

障子の向こうには顔の形とリーゼントの形を崩された者たちが死屍累々積まれている。が所詮は閉て切った障子の向こうである。
姫君は相変わらず無表情の能面を美しい顔に張り付けている。しかしおや?
花の髪飾りなどつけてさすがに若い、いるだけで華やかさがある。贔屓目だろうか。
三日前の夜警の任以来会うのははじめてだ。あの時発情しかけた手前、気まずさに拍車がかかる。
迫られていたと本人が気付いていなければよいのだが。

「いなければ日をあらためようと思うたのですが、そなたの部下の者たちが気を遣ってくれました。片倉殿には忙しいところ呼びつけてすみませぬ」

ちょいと三つ指をついて頭をさげられたので小十郎は恐縮しきりである。

「とんでもないことでございます。わざわざのお出ましにも関わらず部下が無礼を働きまして申し訳ございません」
「皆よくしてくれました」

小十郎は痛々しく彼女の前置かれた湯飲みを見やった。
確かに客人用の高級な湯飲みではあるが色がやたらと薄い。まるで白湯。大方、姫君の登場に驚いて、大急ぎで湯を沸かして大急ぎで茶葉をつっこんでまだ味も色もでていないのに大急ぎで注いで大急ぎで持ってきたのだろう。
部下に武芸だけでなく、礼儀作法ともてなしの作法も教えておくべきだったと小十郎は今更自責の念にかられた。

「・・・茶は薄くてぬるいが、好きな味です」
「お優しい」

小十郎は苦笑いでの気遣いに応えた。

「さても、此度はいかようなご用向きでしょうか」

湯飲みに口をつけていた姫はこれを置く。


「好いておりますと伝えようと思うて参りました」


小十郎は頭が爆発するかと思った。ちょっと爆発したかもしれない。頭が論理的思考をやめてしまったから。
まさか!いやまさか。まさかまさか。もしやその髪飾りも自分と会うためにめかしこんでくださったものなのか。
いやまさか、やれまさか、それまさか!
口をあんぐりあけたまま爆発している小十郎を差し置いて、姫君は能面だ。

「そなたが兄上が憎いかと尋ねて、わたくしは咄嗟に答えられなんだから」

飛び散ったかもしれない脳みそがしゅるしゅると恥ずかしげに小十郎に戻ってきた。
思考を取り戻す。

「そなたの問いからずっと考えておりました。わたくしは小次郎兄様が好きだと思い当たりました。父上も、皆が嫌う母上さえも好きで・・・だから
兄と父を殺めたり、母を最上へやった兄上が憎いのかしらと思いました。だから兄上と言葉はおろか会うことも気がひけるのかしらと思いました」

の言葉はゆっくりであった。
ひとつひとつの言葉を考えながら困りながらしぼりだしている。目の前の小十郎をちっとも見ずにひとりでにしゃべっている。
小十郎はあいずちさえ打たずに背筋正しく言葉を聞いていた。

「だから憎いのかしらと、いくら理由をあげつらえて考えても政宗兄様も好きだと思い至りました。だからわたくしは・・・では誰が憎いと思うて、いえ、誰を憎いと思えば正しいのか・・・ああ、ちゃんと言うことを考えて参りましたのに、意味のわからないことばかり言って、すみません」

言葉が鈍り、は袖で額をおさえてかぶりを振った。
また、能面はくずれている。
ぞくりとする。
うつむいた姫君の両袖が彼女の顔の横まで持ち上がったかと思うと、耳に手をあてようと

「私のいたずらな問いで姫様を困らせてしまったようでございますな」
「・・・考えないように避けていたことですが考えなくてはいけないことだからきっとよかったと思っています」

無意識に耳を覆おうとしていた手のひらは下ろされた。
もうおもてには誰も居るまい。
風の音さえ聞こえるほど静かだ。
障子はぴたりと閉めてしまった。
中には二人しかいないのに閉めてしまった。
忠臣たる者、主家の姫を困らせては、申し訳なくうなだれ、切腹を検討しなくてはならないところであろうが・・・。
自分で傷つけておきながら小十郎はなぐさめる側にまわりたい心地でいた。

傷つけてなぐさめてつけこんでどうにかしようなどと、悪趣味な。

「いささか長居してしまいました」

沈黙を申し訳なく思ったのか、はスイと頭をさげる。うなじがちらりと覗いた。
にあわせて頭を下げながらもこれはまいった、と小十郎は思う。
妖艶に誘う女を袖にしたこと多かれど、誘うどころかちっとも愛想のない姫君に惹かれるなど。

「忙しいさなかに話をきいてくれてありがとう、ここでよい」
「お部屋までお送り申し上げます」

姫くらいの年から見れば片倉小十郎など“おっさん”区分に違いないのに。萎えろ萎えろ。
が立ち上がり、襲いかかる若さもなくて小十郎は障子戸をひく従者の役に徹した。

「大丈夫です。わたくしはそなたより長くこの城に住んでいるから迷いませんよ」
「そういうことではなく」

ムラムラしていたのもどこへやら
ついこの前襲われた姫君のこのおっしゃりようにあきれ、小十郎は腰に手をあてると、ピッと人差し指を立てた。

「よろしいですか。従者もつけずに出歩かれたり、お方様を守るためとはいえ身代わりに姫様が危険にさらされるようなことを言ったり、私含め下々の者たちに気さくに頭をさげたり話しかけたり、お言葉ではございますが姫様には危機意識というものが少々足りませぬぞ。伊達家の姫君たる者、凛然として少しくらい尊大にあらせられませ」

ここのまで一気に言って姫君の目を丸くさせ、あとはちょっと照れながら

「私のこともどうぞ小十郎とお呼びつけください。政宗様も大殿もそのようにお呼びでしたので」

と付け加えた。

は目をぱちくりしてしばらく驚いたあとに

「相、わかった」

と微笑った。

あ、わらった。
わらった
わらった!
ぶわと全身が身震いして、みなぎってしまった。
手首を掴んで部屋に引きもどしぎゅうっとしてしまいたい。

「わすれるところであった。これを」

みなぎっている小十郎を知らずは文を差し出した。受け取る。
これは、まさか

「姫さ「喜多からじゃ」

喜びかけた小十郎の声にカブって、彼の姉の名が出た。

「そなたの言い方があんまり喜多のしかり方に似ているから可笑しくて、文を預かっていたのを思い出しました」
「はあ」

本日二度目の肩透かしをいただき、生返事をしながら小十郎は文をひらいた。























恐るべき六文字。

「喜多には大切なことを書いてあるからそならに会うたらすぐに渡すよう言われていたのですが、なにが書いてあるのですか」

文の横から姫君が小首をかしげて顔をのぞかせ、小十郎は音速でグシャ!と文を閉じる。

「日々の修練ゆめゆめ怠るなかれ、的な・・・」
「そうですか。わたくしもそなたら姉弟を見習いたい。ではまた片く・・・小十郎」

小十郎とはじめて呼ばれ、ちょっと和んでから手を振り返した。



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