「小十郎」

「は」

狩場までの少しの道中、先頭の政宗が小十郎を呼びつけた。
天気はよく、見晴らしも良い。
鷹狩りにはもってこいである。
しかしその鷹狩りを楽しみに執務をこなしたはずの政宗がなぜかさっきから不機嫌だ。
小十郎は馬を寄せた。

「若い連中がじろじろ見ている。威嚇してこい」

ボソボソ言われ、一瞬なんのことだか小十郎にはわからなかった。政宗は前を向いたままである。
政宗の失った右目は後頭部にでもついたのか、小十郎は後ろを振り返ってようやく意味がわかった。
鷹狩り一行のはるか後方、姫のまわりだけ(遠巻きにではあるが)人口密度がやたらと高い。
あいつら・・・、と小十郎はあきれた。小十郎が護衛を命じた者たちまでちらちら顔を見ようとしている。

ところで、政宗を先頭に100メートル近い行列になっている風景はいっそ戦に向かうそれと見紛う。
この原因は、今まで噂にのぼらなかった伊達家の姫が、小十郎を呼びに二度も若衆の前に姿をさらしてしまったことにある。

今朝、若い衆の長屋に急報がとびこんだ。

「野郎ドモ!伊達家のお姫様が今日の鷹狩りに来るんだってよ!」
「筆頭の妹君ってあの、この前道場にきた別嬪さんだよな?」
「ああ、あの別嬪さんに違いねえ」
「お、お花みたいだったな」
「ああ、お花みたいだった」
「いいなずけはいらっしゃらないそうだぞ」
「バ、バッキャロー!んなこと聞いてねえやい」
「なんでもこの前の曲者騒動でふさいでいらっしゃるから元気付けるためにお連れするとか」
「何ィ!?元気がないのか」
「・・・」
「・・・」
「俺今日非番なんだけど鷹狩り大好きだから行っちゃおうかなぁ〜、なんつって」
「おおおお俺も!鷹狩りが大好きだからな」
「オレだって、I・LOVE・鷹狩り!」

当初、政宗、小十郎を含め五人程度で行くはずだった鷹狩りが姫の護衛として三名増え、三名じゃ少ないとお女中衆が文句を言ってきて五名、そこに「鷹狩りが大好きで」と主張する連中が次々加わり、鷹狩り行列はいよいよ三十名を超えた。

「政宗様の名代、参ります」
「てめっ」

心配なら自分で行けばいいのに、意地を張って自分からは行かない政宗にちょいと嫌味を言ってから、お叱りをうける前に小十郎の馬は速度をゆるめて後方へながされていった。






「姫様」

馬を並べて声をかける。
遠くの景色に気をとられていたが振り返った。
見とれていた諸君は小十郎様の登場に、全員がぱっと前方方向へ向き直って背筋を伸ばした。
最初はお駕籠を勧めたが姫はそれを断ったので、小十郎が馬屋番にいっとう気性のおとなしい馬を選ばせそれに乗っている。
年頃らしく、横座りしている。
正直危なっかしい。
さても、外で見るとなるほど、透けるような白い肌が際立つ。

「小十郎、おはよう」

特例で鷹狩りに同行しているというのに、姫があまりに普通に挨拶したので小十郎は可笑しかった。

「おはようございまする。馬は乗りづらくありませぬか」
「心配ありません。かわいいお馬です」
「それはようございました。気性のやさしい馬ですが手綱をお放しになられませんよう」
「小十郎のお馬もかわいい目をしている」

聞いているのかいないのか。
屋敷の中では無感情な能面に見えたそれも、陽光のもとで見ればなんだかのほほんとしているように見えるのが不思議だ。

「兄上は前の方においでなのでしょうか」

ぽっくらぽっくら進む姫の馬に、さっさと進む政宗の愛馬。自然と距離は離れていった。

「前の方においでです。行ってみますか」

「い、いや。まだ」
とここまで慌てて言ってから「心の準備が」とぽそぽそ言った。

「はは。そういえば、今日は朝餉をちゃんと食べておいでですか」
「喜多が言うのたですね。大丈夫、少し食べました」
「少し?姫は育ち盛りなのですからしっかり食べないと、立派な大人になれませんぞ」
「でも」
「でもじゃありません」
「・・・昼にそなたのごはんを食べるから少しにしたのに」

傍目には忠臣らしく背筋正しく姫のお供をする小十郎が、の恥じらいを見、心の中でお花爆弾を炸裂させていたことは誰一人知らない。

「それは・・・ありがたいお言葉」
「喜多も彼らもそなたの作るご飯はおいしいと言うから」
「彼ら?」
「そなたが来る前に話しました」

は自分の周りを包囲している若い衆を目で示した。
低い地響きがしたかと思うと、若い衆一同は片倉小十郎の背後に巨大な鬼を見たという。






いよいよ狩場に到着、快晴である。
視野いっぱいに奥州の山と森の木々、胸いっぱいに澄んだ空気、政宗の鷹が大きく羽を広げるたびに歓声が起こった。

「いよっ!奥州一の鷹匠たあ筆頭のことだ!」
「筆頭最高!」
「戦国一のイイ男!」

政宗は眉間にしわを寄せて声援を振り返った。
鷹は何の獲物も見つけられずに皮手袋の上に戻ってきたのに。

「なんだか気持ち悪ぃな」
「あいつらが盛り上がるのも仕方ありません。なんでも鷹狩りが大好きなそうなので」
「そうじゃなくてよ。あいつら顔の形かわってねえか」
「さあ、存じません」

小十郎は言い切った。
姫に話しかけた「鷹狩り大好き」な者たちは一様に蜂に顔中さされたような有り様になっている。
振り返っていた政宗が視線をやや下にやると、父親の三回忌以来顔を合わせていなかった年のはなれた妹が佇んでいた。
最後に目があったのは、もういつ以来だったか覚えていないほど昔だ。

が躊躇った末に兄上の「あ」の形で口を開いた瞬間、政宗はくるっと背を向けて鷹を空へ舞い上がらせた。
「あ」の続きは封じ込められる。
どっちが年上なんだか、と小十郎は額をおさえた。
小十郎は二人より少し後ろに立って、二人の背中を見ていた。

政宗はいつも鷹を飛ばせては喜ぶのに今日は唇を真一文字に引き結んで
ただ鷹を飛ばせて
鷹も何も見つけられず戻ってきて
また鷹を飛ばせて
戻ってきて
飛ばせて
は能面を貼り付けなおして、じっと鷹の飛ぶ空を見ている。
二人とも意地っ張りで悲しいを悲しいと言わない、苦しいを苦しいと言わない、寂しいを寂しいと・・・

王で在れと教えながら、そういうのを言って欲しかったっけな、と小十郎は少し昔の政宗に思いを馳せた。

楽しい鷹狩りが二人の意地っ張りのせいで重苦しい空気になってしばらく経つと、小さいほうの意地っ張りが坂を下っていった。

「姫様、どちらへ」

小十郎が引き止めると、目さえ合わせないまま「義姉上に、花を摘みに」と言い、行ってしまった。
小十郎は苦い顔をしたが、ここにいなさいと言うことも酷に思われた。あごで護衛役たちに合図すると四、五人がのあとを追いかけていった。
政宗が背を向けたまま何も言わないのがいっそ傷ついているように見えて、ついに小十郎は誰も叱ることができなかった。






鷹が五度目、政宗の腕に戻ってきた。
それからしばらく羽をやすめていたが突然パッとあらぬ方角へくちばしを向ける。
政宗も鷹の向いたほうを振り向いた瞬間、狩場をわずかに下った森の一箇所から鳥が一斉に飛び上がったのを見た。



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