「申し訳ございませんっ」

の護衛を任されていた者のうち三人が政宗の前、土の上に額をこすりつけた。
皆それぞれに深手を負っている。
野花の群生している窪地は踏み荒らされ、日当たりのいい窪地を取り囲む白樺にはいくつも血痕がほとばしり、彼らが討った山賊のむくろが七つ転がっていた。荒らされた花と草の様子から見て、相手は死んでいる七人よりも多かったのに違いない。

「詫び入れんのは後だ。様は一緒じゃねえのか」

小十郎が一人の胸倉を掴んで揺すった。涙を浮かべる若者は傷ついた手で森の中を指した。

「あとの二人に逃がさせて、森の中に」

鷹狩りの行列から離れたところ、この窪地に入ったらすぐに取り囲まれたという。つけてきて機をうかがっていたところに、綺麗な着物を着た女と五人くらいがひょっこり列をはなれてやってきたという具合か。
数の利も地の利も向こうにあるらしい。
並んで立っていた政宗が突然森の方へ歩き出し、小十郎は慌てて肩を引き止めた。手は振り払われる。

「政宗様、数もわからず地の利もなく、闇雲に出るなど言語道断」
「黙れ」
「黙りませぬ!立場をわきまえなさい」
「なんだと!」

互いに胸倉を掴み上げては払い、払っては掴む。

「わきまえるのは手前ェだ!誰に向かって物言ってやがる、何様のつもりだっ」
「奥州王の家臣にございまする」
「話にならねえ!んなところでちんたらやってたらまたっ」

政宗は噛み付く勢いだったのが急に顔をゆがめ、ぐっと奥歯を噛んだ。

「また・・・」

その場にいた誰の耳にも言葉の続きは聞こえなかったが、誰の胸にも言葉の続きが見えていた。
彼の父親を彼が撃った日、同じように晴れていた。
同じように鷹狩りをしていた。
同じようにすきを突かれて人質にとられ、同じようにを撃つことに・・・なるはずなどないのだ。
なるはずない。
なるはずない。
なるはずはないのですよ、政宗様。

「探せ」

小十郎の襟を最後にもう一度締めあげた。
竜の声が地を這う。

「探させろ、小十郎」

小十郎は回れ右、指示を待つ兵らに向き直った。

「そこの二人は早駆けして城へ。兵をかき集めたら狩場の麓から鶴翼の包囲、賊を一人も逃すな。もう二人はケガ人を、他は二人一組になって東西南北に分かれて森へ入る。相手は山賊だ、深追いはするな。向かってくるなら容赦なく斬り捨てろ。お嬢の名と身分は叫ばぬこと、賊ごときに御名を教えてくれるな。わかったか!」

応、と野太い声が怒号のように重なり、散開した。






政宗は白樺の木に背中を預けて、腕組みをした。
小十郎はじっと森を見ていた。

「小十郎の指揮にご不満がおありならお叱りを頂戴いたしますが」
「兵への指示に文句はねえ。だが、結局俺が一人で森ん中はいってってもこれじゃ同じじゃねえか。プラスおまえってだけだろ」
「鷹もおりまする」

政宗と小十郎だけが花畑だった窪地に残された。あと鷹。

「姫を心配する余り、殿のことを忘れておりました」

笑い声で言って小十郎はじっと森を見ていた。背中では表情がわからず政宗は変な顔をしてしまう。こんなときに冗談など、本来なら不忠者と怒声を浴びせてよいところだが政宗にそんな気は起きなかった。
小十郎はじっと森を見ていた。
片倉小十郎は常に冷静沈着で政宗に王として在るべき道を助言し、あるいは実際に助けてきた男だ。またあるいは箸の持ち方、正座の仕方、剣の振り方、女の抱き方(ノウハウでなく色におぼれるな云々ということ)まで教えてきた男である。

「おまえ」
「は」
「行きたそうだな」

小十郎はじっと森を見ていた。

「まさか。俺は政宗様のお側を離れるつもりはございませんよ」

声が笑ってねえんだよ、とは政宗は言わないでおいた。
政宗の前に立つ小十郎は、やはり森を見たまま「政宗様こそ」と返してきた。
ここは花のにおいに血の臭いが混ざっている。

様が心配ですか」
「・・・誰かさんの二の舞は御免だ」
「俺の口から言うのは筋違いですが、様は兄上様のことが好きだそうです」
「はっ。何の話だ」
「大殿も小次郎様も義姫様さえも好きだから、誰を憎まなくてはいけないのか考え続けているそうです」

息を飲んだ政宗には、前に立つ小十郎の背しか見えない。

「・・・家臣の分を過ぎました。お許しを」

それきり、おしゃべりは絶えた。
政宗の背の白樺は冷たいさわり心地だった。
小十郎は振り返らない。
誰の声もしない。
鷹はおとなしい。






あにうえ、がお菓子をあげる

お菓子ぜんぶ兄上にあげなさいって。だからね、食べてないの

でもね、兄上が食べていいとゆったらわけて食べてよいの


おまえは一口も食べなかったんだな


両手のひらから菓子を落として両耳をふさぐ。

耳にあてた小さな手をやんわりといて手を繋いだ。

二人ただ庭を







政宗は自分の右手を持ち上げてゆっくりグーパーしてみる。
つないだのはこっちの手。

「筆頭!」

森に出した兵が瀕死の山賊を引き摺って戻ってきた。政宗の前まで来ると賊を地に叩きつけ、
青ざめた顔、震える手で金紗の羽織を差し出した。

「この野郎が、これをっ、姫様のお召し物を!」

政宗は白樺の木から背を離した。



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