日本激震!!
池袋の美容師 来日中の王女殿下の御髪を切断!
国交断絶!美容師に極刑を求める世論強く




「ウホ!いい女!いやーマジでかわいいよおね〜さん、ヤベ〜、パない!というわけで俺とこれからデートしない?」

チャラいという形容詞を細かに定義付けたならその全ての条件に該当しそうな美容師が言う。
なるべくニュースを見てなさそうな顔つきの美容師を指名したらこんな奴が当たった。
王女は肩の辺りで軽やかに切りそろえられたクリボーカットが大変気に入ったご様子だ。
感謝をこめて、過剰に親しげに話しかけてくる美容師にも真摯に応じている。
時折きらめくような笑顔まで覗かせて、髪と一緒に心まで軽くなったようだった。

待合用の椅子に座り、ケータイ画面と美容師を交互に見ながら折原臨也は無言を貫いた。
右手親指は黒いケータイの上で忙しく動いている。
目つきが悪い?
うるさいなあ生まれつきだよ。

はっきり言おう。

かわいい。

『きれいな王女』から『かわいい王女』に生まれ変わったといって間違いない。
『きれい』と『かわいい』のどちらが魅力的なのかという論争はさておき、この美容師、

顔も悪けりゃ頭も悪い
頭は悪いが腕はいい
腕はいいが手癖は悪い

とっくに切り終わったというのにの体をベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタ触り続けている。
あんなナリで腕がいいとは驚嘆に値する。認めよう。
そう、人は見かけによらないものだ。
知っている。
知っているとも。
二面性どころか三面も四面もある、
それが人だ。
人ラブ。
おまえは嫌いだけどな。

臨也が黒いケータイをパチンと閉じたのが合図だった。

「ダーリン!こんなところに隠れてたっちゃ!うちと言う者がありながらなにしてるっちゃ!」
「あたるくん!もうナンパなんかしないって言ってたのはやっぱり嘘だったのね!」
「諸星貴様ァ!ラムさんとしのぶさんのみならず他の女性にまで手を出すとは断じてゆるせん!」

美容院の自動ドアを叩き割って、チャラ男美容師と因縁浅からぬ三人が飛び込んできた。
なぜタイミングよく彼女達が浮気(未遂)現場に飛び込んできたのかは臨也にはさぁ〜っぱりわからない。
その隙に会計を済ませ、の手をむんずと掴んで店を出た。



つんざくような悲鳴が聞こえは店内を振り返ろうとしたけれど、臨也はこれを許さずに大通りをずんずん進む。

「先ほどの方の悲鳴が、ご無事でしょうか」
「ご無事じゃなかったら悲鳴なんてあげられないよ」
「お気の毒ですわ」
「自業自得だ」
「・・・イザヤさん、あの」
「なに」
「どうして怒っていらっしゃるのですか」
「べつに」
「でも」
「あーおなかすいた!」
「イザーヤ、イラシャイマセー!お一人様ネ、いらシャーい」






***



王女暗殺!!
ロシア陰謀説 寿司屋のワサビで殺害か!?




「イザーヤ、イラシャイマセー!お一人様ネ、いらシャーい」

お一人様入リマース、と店内に声をかけたサイモンの前で、臨也は人差し指を立てて動かす。
音をつけるならチッチッチ。

「お二人様」

言いながら人差し指のほかに中指も立ててピースサインを作って見せた。
どデカイサイモンの視界には入らなかったが、よく見れば臨也の横に可憐な女性が立っているではないか。
その女性は、初対面ではおののかれるのが常であるサイモンにも臆すことなく、笑顔のお手本のような美しい微笑を見せている。

サイモンは黙った。
この女性もまた臨也の悪さに利用されているのではなかろうかと勘繰ったのかもしれない。
あるいは王女の顔をご存知だったのかもしれない。
何を考えての沈黙か臨也にすら読めなかった。

寿司屋の客引きに対しては白い手のひらを差し出した。

「はじめまして。ご機嫌いかがですか」
「・・・Oh,」

サイモンは笑顔にスイッチを切り替え、この手の五倍はありそうな手で下からすくった。
巨体を屈め、手の甲にキスする仕草をする。

「ハジメマシテ。困ったことがあれば何でもお申し付けクダサイ、いつでもオシボリお持ちいたしマース。お足元とワサビにはご注意ネ」
「ご丁寧にありがとう」
「行こう、おなかすいた」
「はい」

サイモンへ「おすこやかに」と声をかけてから臨也に続いて店内へ入っていった。






金にモノを言わせ、臨也の前には大トロが6かんも載った皿がある。
が色々食べてみたいと言うのでコースメニューはやめ、好きなものを1かんずつ頼む方式をとった。
まずは

「白くて綺麗」

という理由でイカが1かん、の前に置かれた。

「ほんとにイカでいいの?ボルシチ寿司食えとは言わないけどさ、大トロ食べなよ」
「オオトロはいただいたことがあるので」
「・・・あそ」

そういえば王女だった。
いただきますをしてパクリ。
上品に一口食べるが上品が過ぎてシャリ半ばである。イカは噛み切れず半分のシャリを残して、ネタだけスルンと口におさめられた。

の体に微弱な電撃が走る。

「なに?ワサビ?」

電撃がおさまるととろけるような笑顔をみせた。

「おいしい」

だそうだ。

「とても気に入りました。もう一ついただいてもいいでしょうか」
「いいけど・・・大トロのほうがおいしいよ。あーうまい、うまい、大トロ最高」
「イカを」
「・・・すみませーん、イカください。・・・いくつ?」

は臨也の前にある皿を見つめる。

「ろ、ろく」

恥ずかしそうにもじもじしながら呟いた。

「イカを?」
「イカを」

テーブルに、イカだけの皿と大トロだけの皿が並ぶ奇妙な景色が広がった。
ほかのも食べればいいのにと臨也は思ったが、好きなものを好きなだけ食べるのは初めてと笑うを見ていたら(まあいいか)と大トロを食うに徹した。






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