先に、張っておいた予防線の1つについて語っておく。

いまごろ、王女様捜索本部は湘南での有力な目撃情報を複数得ていることだろう。

先発部隊はすでに湘南新宿ラインに飛び乗っているかもしれない。
やがて彼らは目撃情報から場所を絞込み、粟楠会なるジャパニーズマフィアが管理する某ビルディングをつきとめるであろう。
しばらく見張っているといかにも悪そうな男たちがぞくぞく集まってくるではないか。
身代金目的の誘拐か
王国を揺るがす緊急事態だからこそ慎重に慎重を重ね、時間をかけて建物に接近し、壁に耳をあてる。
そして彼らはパン!パン!という発砲音を聞くことになるだろう。

「王女様が撃たれた!」

こうしちゃおれん!
突入!

「ハッピバースデーディ〜ア会長ぉ〜」
「ハッピバースデートゥーユゥ〜」

そりゃ発砲音も鳴るよね。お誕生日会にクラッカーは必須だから。
粟楠道元会長、お誕生日おめでとう!

いまから数時間後のお話だ。






***



大都会の死闘!
ドカーン!ズババババ、ダキューンダキューン!
ガガガガガ!ウィィィィィン、ガチャ、チュドォオオオオン!
王女誘拐犯シズちゃん ミサイルでついに死亡!




「イザヤさん、大丈夫ですか」
「うぅー無理、おなか気持ち悪い」

東急ハンズの前の階段に腰掛け折原臨也はうなだれていた。
大トロ食いすぎた。
膝を抱えてうずくまる。はどうすることもできずに臨也のそばで痛ましげに眉根を寄せていた。

「これで自販機でなんか買ってきて・・・」

なんだよアレェ・・・油のりすぎだよ馬鹿じゃないの。

「じはんき・・・?」
「炭酸系以外で」

上からサラダ油でも塗ってるだろ、サイアク

「たんさ・・・?」
「うう、死ぬぅ」
「わ、わかりました。ここにいてください」

千円札を握りしめたが駆け去ってから臨也はハッとして顔をあげた。
今のは策略ではない。
うっかり事故のもとを野にはなってしまった。
あたりを見回してもすでに人ごみにまぎれてしまって姿は見えない。

そのとき
キキィイィィィイイイ!
急ブレーキの音がしたほうへ顔を振り向ける。
他方ではけたたましいクラクションが鳴り響く。
背後の東急ハンズ内で誰かが大声をあげている。

「やばいな・・・」

冷や汗がでる。

メキメキメキメキ!
今度は前方で金属をむしり取るような音がした。

「・・・やば」

笑うよりほかない。

「池袋に来るなって何べん言わせんだ、い〜ざァ〜やァ〜くんよぉ」

笑うよりほかない。






「待てゴラァ!」

今日の追いかけっこは東急ハンズを中心とした周回マラソンになった。
遠ざかりたいのは山々だけれど、ものすごい忘れ物をしてきているのでそうもいかない。
後ろから飛んでくる自販機や標識やゴミ箱や看板をよけながら王女の姿を探した。
いない
いない
どこにも見えない。
クソッ、道路交通法違反で捕まって王女無事保護、大使館ひと安心、なんてさせてたまるか。
せっかく手に入れた最強の手駒なのに!
とりあえず

事故って死ぬなんて一番つまらないことにだけはなってくれるな!



東急ハンズをちょうど5周したところで、前方の交差点にまわりを見回すクリボーカットの柳腰を見つけた。
よかったと思ったのも束の間、の真横に駐車していたトルネコヤマトの運転手が端末を注視したままドアを開けようとしていた。
このまま行くとぶつかっ
臨也は地面を強く蹴った。

「あ!逃げてんじゃねえぞノミ蟲がっ」

5周目にきての突然のスパートに平和島静雄は怒り心頭、臨也の加速にも増して速度を上げ、突進した。

だから、臨也が急に立ち止まっても静雄は止まりきれなかった。

鈍い衝突音
静雄の額はトルネコヤマトのドアを顔型にヘコませて停止した。
止まりきれなかった静雄が顔からドアにつっこんでくれたおかげて、静雄の胸の前で立ち止まっている臨也はドアに手の甲をぶつけただけで済んだ。
臨也が抱きこんでくれたおかげて、臨也の胸の前で留まったはドアに体のどこもぶつけずに済んだ。

手駒が手中に戻ったことに臨也は息をつく。

「・・・イザヤさん、もうおなかは治られたのですか」

臨也の服に顔を押し付けられたままがもごもご言った。
抱きこんでいた頭を放してやると、王女殿下は自分にどんな危機が迫っていたのかまったくわかっていない様子で微笑んだ。
その王女の頭上にはらりと黒い破片が落ちてきた。
平和島静雄のサングラスの破片である。
静雄は、めり込んでいた顔をドアからゆっくりと離す。
大丈夫ですか!大丈夫ですか!と連呼していたトルネコヤマトのドライバーは、無傷の静雄を見て戦慄した。

「臨也・・・」
「シズちゃん、気持ちはわかるけど今はやめたほうが賢明だ。さもないと俺の予定どおりにミサイルで爆撃されちゃうよ?ヤでしょ?俺の予定どおりに死ぬなんて。さすがのシズちゃんでもミサイル打ち込まれたら死んじゃうと思うんだよね、あー言ってたらなんか死んで欲しくなってきた」

ん?
でも俺だけ殴られてもシズちゃんにミサイル打ち込まれないよな。を殴ってもらわないと。う〜ん・・・
まあ別に殴らなくてもいいのか。をシズちゃんに押し付けて
「おまわりさん、あのバーテン服が女の人を路地に連れ込んでスカートめくりをしようとしています」
って言うだけでも充分だもんなあ。

「てめえ・・・その女を・・・」
「ちょっと待って。まだ殴ってもらうかスカートめくりか考え中」
「その女を、守ったのか」

平和島静雄は愕然と呟いた。

「・・・は?」

一拍遅れて折原臨也は細い眉をゆがめる。
思考の海からこちら側へ急激に引き戻された。
そのとき、ピピィー!と笛が鳴り響いた。
東京都 迷惑防止条例に則り、サンシャイン60通りの人ごみをかきわけておまわりさんが駆けつけたのだった。





***



☆★☆祝☆★☆
王女殿下 21歳(自称)日本人男性とご結婚!




公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例
東京にはそんな条例が制定されている。
どんな行為が該当するかと言うと、白昼のサンシャイン60通りで通行人の迷惑も顧みず追いかけっこを繰り広げ、またその道々で器物破損を繰り返すような行為がいい例だ。悪い例かもしれない。

追いかけっこをしていた男性二人、及びその関係者と見られる女性一人が最寄交番へ任意同行された。
年配のおまわりさんは慣れた様子で静雄に書類を差し出し、静雄はむくれながらも速やかにその書類にサインした。

「え、なに、シズちゃん専用書類とか笑えるんですけど」
「るせえな・・・」

公務効率化を図って池袋の全交番に常備されている『平和島静雄が器物破損したとき用書類』に静雄はサインを続けた。
トルネコヤマトのドア破損に関しては降車時の確認を怠った運転者の過失として、罪には問われなかった。
ため息まじりに問われたのは

「毎度毎度、君らいい年こいてなんで追いかけっこなんてしているの。あとこの子だれ」

であった。
ここで下手な事を言っての素性を勘繰られると非常にまずい。
どのくらいまずいかというとミサイルの弾道が自分に向いてしまう程度にまずい。
ここは自分で突破口を切り開くしかあるまい。
静雄とが下手な事を口走らなければうまくいく自信がある。
折原臨也は一瞬の間に完璧な嘘を組み上げ、口を開いた。

「おまわりさん、実は」
「俺はそのひとが好きだ」

臨也を遮って突然静雄がしゃべりだした。を指差して。

「なっ」

なにごとか!?
一目ボレ?てか仮にそうだとしてもなぜここでそれを言う!
バカじゃないのバカじゃないのバカじゃないの!?
死ねよ死ねよ死んでくれ!
でないとマジで俺がミサイル死する!

臨也は混乱の極致に立たされた。

「・・・わたくしはイザヤさんとの結婚式を明日に控える身です」

今度は逆サイドのがしゃべりだした。
うつむいて長い睫をかなしげに伏せている。

「ですから、あなたのお気持ちにこたえることは」
「結婚なんてやめちまえばいいだろっ、こんなノミ蟲野郎のどこがいいんだよ!」
「シズちゃんさん・・・」
「どうして俺じゃダメなんだ、バーテン服とジャージしか持ってねえからか?給料天引きされまくって先月手取り300円だったからか?俺は暴力バカだけどあんたには絶対に手を上げたりしねえ・・・!」
「ごめんなさい。それでもイザヤさんのそばにいたいのですっ。どうか許して」
「なんでわかってくんねえんだよっ」

静雄はの両肩に手を置く。
まっすぐにぶつけられた想いから逃れるようには臨也の腕にひたいを摺り寄せた。

どええええ
どうしようコレ
二人が演技してるのはわかるけどだめだコレ
俺自分で演技して人騙すの大好きだけどだめだコレ
両側とも異常に演技うますぎてサブイボ出まくってるけど無理コレ無理
誰か助けてココ怖い

「おう、真ん中のあんちゃんよう」
「・・・え、あ、・・・はい」

年配のおまわりさんが静かに臨也を呼んだ。
臨也はらしくもない気の抜けた返事をかえす。

「そういう事情があんなら、かけっこで勝負をつけようなんてしちゃあいけねえよ。しっかり話し合ってやんな」

今日は特別だ、とおまわりさんが机を叩いて立ち上がる。

「・・・結婚おめでとさん。幸せにしてやれよ」

分別ぶったあたたかい眼差しで、おまわりさんは三角関係の3名を送り出した。







交番を出て数秒後、はお腹をかかえて笑った。
静雄はやり遂げた男の顔でタバコの煙を吐き出した。
珍しいことに臨也だけが先ほどの恐怖体験の余韻をひきずってげっそりしていた。

「シズちゃんさんは俳優のお仕事をなさっているのですか」
「ちげーよ。弟の台本読み合わせ手伝ってた時にいまみたいなシーンがあってよ、幽が真面目にやってくれっつーから」

頭をぽりぽりかいて照れくさそうに言った。

「あんたもなかなか上手かったと思うぜ。シズちゃんさんってのは変だけどな。俺は平和島静雄ってんだ、あんたは?」
と申します。お会いできて光栄です。わたくし、人前での演技は得意なんです」
「そっか。まあ、なんだ。ソデすりあうもタショーはヘンって言うからな、なんか困ったことがあったら言えよ。ノミ蟲がピョンピョン跳ねてうぜェからぶっ殺してえ時とかな」

互いの健闘をたたえて握手を交わした。
まるで夕暮れの河川敷で殴りあったあとの少年たちだ。
臨也にはこの光景がただひたすら恐ろしく、おぞましかった。
人ラブの心が揺らぐ。

「おいノミ蟲」
「・・・なに」
さんを守ったのに免じて今日のところは見逃してやる。次会ったら殺す。じゃあな」
「あー・・・はいはい、気持ち悪いから早く行って」
「ごきげんよう、静雄さん」






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