悪党跋扈!
横行するダフ屋 来日中の王女が金銭被害に!
国連は日本への経済制裁検討
ポケットに手を突っ込むとバーテン服はサンシャイン60のそびえる方角へ立ち去った。
行くあてはなかったが、臨也はアーニャを引き連れて反対側へと歩き出した。
「あー・・・気持ち悪かった。こんなことになるなら考えないでミサイルで死んでもらえばよかった」
不快感からの開放にがっくりと肩をおとす。
アーニャはこれを体調不良と見咎めた。
「まだおなかが痛みますか」
「おなか?ああ、大トロ?へーきへーき。さっきの寸劇でエネルギーとして全部消費した気がする」
「こちらをいただいたのですが、ではもう必要ないでしょうか」
「こちらって」
そういえば自販機で炭酸以外をと言って千円を渡していたっけ。
喉はかわいたから貰おうと思ったがそれは飲み物ではなかった。
紙だった。
チケットだった。
聖辺ルリのコンサートチケットだった。
「・・・なにがどこでどう間違うとこうなるの」
「あー!イザイザがリア充してるぅ!」
顔見知りの声を聞いて臨也は数歩通り過ぎた場所で振り返った。
コインパーキングのフェンスからこちらを臨むのはワゴン組の面々だ。ちょうどいい。
「はいドタチン。これあげる」
「ん?なんだこれ」
挨拶をさしおいて臨也はチケットを差し出した。
「わっ!聖辺ルリのコンサートチケットじゃないッスかあ」
覗き込んだ遊馬崎が声をあげる。
「なにィ!?」
運転席にいた渡草はドアを開けるのも面倒とばかりに窓から滑り出し、チケットに飛びついた。
見るなりまなじりを裂かんばかりに目を見開き、声を震わせる。
「こ、ここ、こここれはマウントレーニア1つお買い上げにつき1点、30点たまると1口応募できる幻のプレミアムシークレットコンサート『ルリルリナイトフィーバー』の、しかもえ、えええ、えええA列、最前列!?俺がマウントレーニア1284本飲んでカフェイン過剰摂取で病院に運ばれてもゲットできなかったチケットがななななぜここにっ」
「もらっていいのか?」
「いいよ。手に入れたのはこっちだけど」
コートのポケットに手を突っ込んだままアーニャを示す。
門田はその可憐な面差しを穴があくほど見つめた。
「アハ、なになに?イザイザとドタチンで三角関係の予感かなあ」
「そういうんじゃねえよ。・・・あんた、どっかで会ったことねえか?」
アーニャははっとして心持ち視線を下へ向けた。さすがドタチン、ニュース見てるなあ。
慌てず騒がず臨也はにっこり笑ってアーニャの肩を引き寄せる。
「へえ?ドタチンもそういう古典的なナンパするんだ」
「ち、ちげえよ」
「彼女はアーニャ。あした結婚式をあげる俺のフィアンセ」
「嘘つけ」
「ほんとだよ、ねえ?」
アーニャは強張っていた肩をおろしてくすりと笑った。先ほどの交番でのやりとりを思い出したのだった。
ほどよく緊張がほぐれアーニャは白い手のひらを差し出した。もはや癖の領域だ。
その仕草が美しく、笑む姿がひどく愛しげに映り、門田は今度は本当にどきりとしてアーニャの顔を見つめた。
「はじめましてドタチンさん、ご機嫌いかがですか」
「ドタ・・・」
拍子抜けしつつ、小さな手のひらと握手を交わした。
順繰りに全員へ挨拶しようとしたアーニャを制し、臨也はその場を離れることにした。
なにかの拍子に王女だと思い出されては面倒だ。
事もなく別れる。
渡草だけは涙を流しながら「ありがとう、ありがとう」と姿が見えなくなるまで繰り返していた。
***
激写!!
ご病床の王女殿下が池袋を闊歩!?
大使館の発表に不審な点多く
王女を最も有効に利用できると思われた『シズちゃんにミサイルどーん!計画』は未遂におわった。
さて、ほかにはどんな活用方法があるだろうか。うーん、うーん・・・。
使い道がありすぎるというのも案外考えものだ。
「どこ行こっか」
「え」
「アーニャの好きなとこ行こうよ」
「・・・行きたいところが多すぎてひとつに絞れませんわ。イザヤさんのおすすめの場所を案内してください」
「オススメねえ。・・・ああそれじゃあ、人を騙くらかす演技上手の君にぴったりの場所がある」
「どんなところですか」
「それは行ってからのお楽しみ」
「まあ。わくわくします」
歩きながら黒いメインケータイを開いた。
王女に関して新たな動きがないか確認していく。
臨也はアーニャが起きるまでのわずかな時間に情報収集用のシステムを準備してきていた。
メディア、同業者、アングラ、協力者、乗っ取り済みの企業内PC、政府系PC、一般人、その他あらゆる情報源から発信された情報が精査され、マンションのPCとこの黒いケータイからのみアクセス可能なサーバに集合している。
ふむふむ
問題ない。
王女捜索部隊はこちらの思惑どおりに動いてくれている。パッピーバースデー粟楠会長。
まだしばらくの間、池袋は安全地帯だ。
臨也は黒いケータイを閉じた。
ふと視線を感じて返せばアーニャがこちらをじっと見上げていた。
「・・・なに?」
画面を覗かれていただろうか。
覗かれていたとしても臨也がスクロールする速度でアーニャが文字を追えるとは思えない。
「携帯電話です」
「そう、ですけど」
「細いのですね」
「小さくするのは日本のお家芸だからね」
「・・・」
アーニャは歩きながら、組んだ指をこちょこちょ動かした。
「・・・もしかして触りたいの?」
「い、いえ。そのような、はしたないことは・・・」
頬がバラ色にそまった。わかりやすい。
ケータイを欲しがって、教育係に「はしたない!」と怒られたことでもあるのだろうか。
黒いケータイを渡すのは色々まずいのでポケットから赤いケータイを取り出した。
アーニャの寝姿を撮影したデータが入っているだけのケータイだ。
開いてアーニャを1枚撮影する。一度言ったが、音は出ないように改造済みだ。
何が起きたのか分からない様子のアーニャに持たせ、いま撮影したばかりの画面を見せた。
「こっちは使ってないから持っててかまわない」
ユニコーンガンダムのプラモデルを貰った子供のように瞳を輝かせ、画面に自分の顔があることに驚き、そして不安の色を見せた。
「もしや、この写真はどこかに送ることができるのでしょうか。インターネットに」
おや、お詳しい。
なるほど、失踪した身で撮影された写真が流出してはさぞお困りのこともあるだろう。こちらにとっても不都合だ。
「はい、これで通信はできない」
池袋駅構内を横断しながらもう一度手渡した。
ICカードを抜き取ってしまえばただのデジカメだ。
「アーニャってネットに顔さらすの嫌なひとなんだ。いいと思うよ。たまに顔さらしてる子いるけどすごい度胸だと思うもんマジで。どんな犯罪に悪用されるかわかったもんじゃない。わからないから載せられるんだと思・・・ぴーす」
カメラがこちらに向いていたのでピースを作って被写体になってみた。
無事撮影できたようでアーニャはかわいい笑みをした。
「このあとどうすればいいのですか」
「保存ってトコ押して」
案の定画面を直接押した。おばあちゃんか!
保存させてやり、データフォルダから撮影した写真を見れるよう手順を案内してやる。
すると、昨日こっそり撮影したアーニャの寝姿が出てきてしまって怒られた。
仕方ないだろう、ワイシャツを着てもらうのはすべての男の夢なんだ。
***
惨劇!!
TSUTAYA返却ボックスに王女の右腕が食いちぎられる!!
「知ってるかい?」
折原臨也は語って聞かせる。
「これは真実の口といってね、この穴に偽りの心がある者が手を入れると中で手首を食いちぎられてしまうと言い伝えられている」
これを聞いてアーニャは臨也と真実の口を何度も見比べた。
場所は池袋西口から徒歩5分、TSUTAYAなるお店の入り口、そのすぐ横である。
ポストのような口のある箱、これが真実の口であると折原臨也は紹介した。
『返却ボックス 営業時間中はカウンターまで商品をお持ちください』
アーニャは日本語読解能力をフル稼働させ、読める文言と真実の口の伝承を結び付けようと努めたがどうしても結び付けられなかった。
「試してみる?」
にんまり笑う。
うながされ、アーニャは恐る恐る真実の返却ボックスに指先を近づけていった。
臨也に王女の身分を隠している負い目からか、真実の口に触れる寸前で手がびくりと引っ込む。
もう一度指の関節をゆっくり伸ばしていき・・・
「・・・っ、ああっ、できませんわ」
背中へ手を隠してしまった。
「そう?じゃあ俺がやってみよう」
コートのポケットから手を出して自信たっぷりに真実の口へ差し伸ばす。
アーニャは楽しさと怖さ半分ずつで見守った。
「大丈夫大丈夫、言っとくけど俺ほど自分に正直に生きている人間はほかにいないと思うよ。正直者選手権があったら出場してあげてもいい。優勝商品を心のおもむくまま正直にテレビカメラの前で踏み潰すくらいのことをして見せよう。ほらね、手を入れてみたけど全然大丈うっ!!」
臨也は激痛に顔をゆがめた。
本当に腕が抜けないっ!?まさか、そんな!
痛い!痛い!手首が、食いちぎられるっ!
アーニャは血相をかいて臨也の右腕を抱きしめた。
真実の口から引き抜こうとするが恐ろしく強い力に噛み付かれている腕はびくともしない。
「離しなさい、この、このっ、イザヤさんをはなしてっ!」
真実の口をぐうで叩きはじめると臨也の腕はようやく抜けた。
手首から先を失った、腕が。
アーニャは悲鳴をあげた。
両手で顔をおおい祖国の言葉で神の名を叫ぶ。
ぞくぞくする快感が駆け上がり、臨也はあらがえぬ恍惚にその身をひたしていた。
小学生でもあるまいに、しかも君漢字読めるんでしょ?
なんで騙されることが可能なの、あーもうおもしろい!
人ラブ!
さて
種明かし
コートのそでに隠した手を
「じゃ~ん」
とひろげて見せた。
「神よ」
「え?」
「どうかこの者をお許しください」
アーニャは目を閉じている。
返却ボックスにひざまずくと組んだ指にひたいを寄せた。
「あの・・もしもーし?」
「この者の手をお返しください、引き換えにわたくしの腕を差し上げます」
「・・・」
「ですからどうかイザヤさんの手をおかえしください、どうか・・・」
「・・・」
TSUTAYAの店員と客がなにごとかと集まってきた。まずい。
返却ボックスに祈りをささげるアーニャの姿をもう一度目に映して臨也は頭をかいた。
「・・・おかげさまで。手、戻ったよ」
<< □ >>