パジャマの上だけで丈は充分だった。

何度も咳き込み、胸がペコペコ浮き沈みするのが心配で私はずっとちゃんの横についていた。
ちゃんは眠ろうとはしなかった。
目は天井を見たり、部屋のすみを見ながらしかし決してまばたき以外で目を閉じることをしない。見知らぬ場所で落ち着かないのだろう。
けれど笑うでもない。怒るでもない。泣くでもしゃべるでもない。
四木さんと似ているかもしれないと思った。
そんな矢先、

「おねえさん」

『なに?なにかのむ?』

「おねえさんケガして?」

視線を追って、首がないことを言っているとすぐにわかった。

『だいじょうぶ、わたしのこれはケガでもびょうきでもないんだ』
「痛くない?」
『いたくないよ』
「よかった」

熱っぽい顔がにこっと小さく笑って「おねえさんにも毛布」と横で正座していた私の膝に自分の毛布をのせた。
・・・なつかれた。
なつかれた!
私は調子にのっておそるおそる、小さな額に手のひらをのばした。前髪をすくって、ぴたりとあててみる。熱い。抵抗されず、手が冷たくて気持ちいいというようなことを言われた。

はたして、
デュラハンである私にも母性というものが存在するのだろうか。
存在していいのだろうか。
存在していると信じていいのだろうか。
いつか新羅と、希望をもっても許されるのだろうか

「ママ、いつ来ますか」

うっとりした幻から引き戻された。
額から手をはなしてPDAをたたく。

『きたらおこしてあげる。だからそれまでねていようね』

ちゃんは熱でうるんだ瞳でこくりとうなずいた。
セルティの膝に顔をよせるように横向きになって目を閉じる。いい子、いい子の意味でまた額にさわってみた。



ね、ちゃんとママに会うのはじめて」



思わず、撫でる手が動かせなくなった。
ちゃんはあっというまに眠ってしまった。
首のない私には、相手に目を閉じられてしまったら言葉は届かない。だけれども、たとえいま私に首があったとしても、かける言葉はなかったのだろうと思う。






***

セルティはキッチンに立っていた新羅に突進した。
抽出したばかりのコーヒーがたぷんと揺れる。

「どうしたの、セルティ」

ずりさがったメガネもなおさずにセルティのほっそりした背中に手をまわした。

『四木早く来い!』

PDAに呼び捨てで乱暴に打ち込まれた文字に新羅は首をかしげた。
























***



あたまがあつい・・・くない

からだがいたい・・・くない

のどがいたい・・・くない

うでがかゆくない

息がくるしくない

へいき

はおうちでお絵かきをしています。パパ、いってらっしゃい

「いってきます」

いってらっしゃい

「・・・」
「・・・」
「・・・」

ルンバのスイッチをいれないと。お掃除ロボットの、お掃除する、ルンバの

「・・・」
「・・・」
「・・・」

パパが脱いだスリッパをスリッパ入れに入れないと

「・・・」
「・・・」
「・・・」

寒いときはゆかだんぼうのリモコンを押さないと。でも今日は暑いかられいぼうのリモコンをおさないと

「・・・」
「・・・」
「・・・」



あれ
まだあついから、▽のボタンを押してれいぼうをおさないと
「・・・」
「・・・」
「・・・」
まだあついから▽、▽、▽
あついまま
あつい
あつい・・・くない
あつくない
へいき
へいき
パパいってらっしゃい、おうちでお絵かきをしています。へいき。パパいってらっしゃい。
パパはずっとこまらない
はパパをこまらせない
がパパを守る
やくそく

そうしたら
ママ
あいにきてくれるかなあ



広い空間でうずくまっていたのほほに冷房の風があたった。
ひやりと冷たい。
広い空間でしかなかった世界が精密に再構成された。
ダイニングに木製の椅子が四つ。
一つはパパ、一つはママ、一つはルンバ、一つは・・・。
テーブルは大理石でツヤツヤだ。オムライスが100個並ぶ。
朝の日差しに気づいて窓際の観葉植物がクルッと窓の外を向く。
「四木さん、食べながら新聞を読むと牛になりますよ」
「そうでしたか」
パパは新聞をたたんだ。
はこの景色を少しはなれたところから見ていた。
椅子が一つ残っている
の椅子
ママのとなり
ママの顔は風がふいて白いレースのカーテンがふわふわふくらんで隠れてしまった。
でもこっちに手をひろげて、
「どうしたの」
とたずねた。
「おいで」
は目を見張り、真実を確かめようとした。
ほんもの?
いつもみたいに触る寸前で消える?
触らなければずっといる?
あなたはほんとうに、



「・・・ママ?」



「どうしたの?」
ママのほうから歩み寄ってきた。手がのびて
「のど、痛いねえ」
だめ、きえる。

「へいき」

身震いするように答えた。のに、冷たい手が勝手にの首にさわった。びっくりした。さわってる。ママの手。消えない
「うで、かゆかったねえ」

「・・・、なくと、パパ、こまらっ、ない?」

「ママがいるから平気よ」
「・・・」
「息、くるしかったねえ」

涙が出た。



「・・・うん」
























***

私には声がない。

「・・・ママ?」

私の寝具に横たわる子供にそのように尋ねられても、「いいえ」と答える声がない。
眠っている人間を起こすには、触れなくてはいけない。肩を叩けばよかったのかもしれないが肩はひどく苦しそうに強張っていたので、熱をもつ顎の下から首筋にかけて冷やしてやろうと手を伸ばした。触れる寸前で

「へいき」

と子供は身震いした。ひっこめかけた指をもう一度伸ばして、首に触った。触れた瞬間、ちいさな体がびくりと震えた。熱い。
なにが平気なものか。発疹は増え続け、今はもう小さな発疹同士がくっついて肌に大きなまだら模様をつくっていた。
眠っている間もかゆがって腕にはミミズ腫れが幾すじもできている。
息をするたび喉はなにかが蓋をするような音をたてている。
息がとまってしまうのではないかと思うと怖かった。
なんで平気だなんて嘘を言うのか。
うわごとは続く。

「・・・、なくと、パパ、こまらっ、ない?」

私には声がない。

「・・・うん」

けれど
抱きとめる胸があり



「いき、くるしぃ」



抱きしめる腕を持っていた。



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