「赤林、こんなときに人攫いか?」

粟楠会池袋事務所はおもてから見れば何の変哲もない雑居ビルだ。
その廊下ですれ違ったのは青崎だった。
赤林は仕事として四木邸へ行っていたことを先ほど聞いたうえでの冗談である。

「あれ?本部にいたんじゃねえんですかい」
「仕事ができた」
「そいつあよかったじゃないですか。あんたァどうせクリスマスひまでしょ?」
「どの口が言いやがる。・・・おめえがこづいた連中、ちょっとびっくりさせたら簡単にどちらのどなたかゲロったぜ。ありゃあおれんトコのお客だ」
ちょっとびっくり、と可愛く言ったのは赤林の腕の中にがいたからかもしれない。
ぴくりともしないから眠っているのかと青崎が覗き込めば、目は見開いていると言っていいほど大きく開いている。
左肩と膝に包帯が巻かれ、頬にはガーゼが紙テープでとめてあった。
パジャマについた血がカピカピになって付着しているのが禍々しい。

「ちょっと見ねえうちにでっかくなって。覚えてっか?お、なんかいいモン持ってんじゃねえか。サンタがくれたのか?」

は円盤型のお掃除ロボットを抱えていた。
見開かれた目は動かなかったし、返事もしなかった。
赤林は苦笑をしている。ずっとこんな調子なのだろうと青崎は察した。

空き部屋の入り口でを腕から下ろした。
「着替えておいで。終わったらコンコンって」と折りたたんだワイシャツを渡してドアを閉め、外から鍵をかけた。


コンコンは聞こえる程度の距離へ移動して赤林と青崎は立ち話をつづけた。
「青崎さん会ったことあったんでしたっけ」
「まあ、赤ん坊のときだがな」
「動物園で?」
「誰がゴリラだ殺すぞ。そーしきだよ、そーしき。ところで、あのケガはむこうの連中がやったのか」
「違うぽいですよ。連中は殴ってないって言ってた。電気が全部消えた後に棚の上から物が落ちたみたいな音がしたから、自分でどっかから転がり落ちたんじゃないかって」
「電線でも引き千切ったか」
「青崎さんじゃあるまいし」
「あ゛ぁ?」
「お医者の先生いわく、外傷だけだってんでそこはひとまずよかったですがね」
「女の外傷がよかったってことはねえだろ」
「おや、青崎さんって意外とフェミニストですねい」
「うるせえ。・・・ん?おめえその手」

赤林はへらっと笑って「ドアにはさんじまいましてね」と言った。
左手の親指と人差し指の間に、ガーゼがあててある。

「四木さんのほうはどうです」
「本部からこっち向かってる」
「そうかい」

ドアにはさまれたらしいガーゼの下には、電源プラグの幅ぴったりの裂傷がある。






***

ちゃん、入りますよー」
いつまでもコンコンがないので、赤林から声をかけて中に入った。
はドアの向かいの壁際に立っていた。
「あれ?まだ着替えてなかったのかい」
着替えのシャツは足元に置いてあり、は血で汚れたパジャマのままルンバを抱きしめてじっと壁際から動かない。
固まっている。
見開いた目が時折瞬きをすることだけがそれが人形でないことを教えていた。

赤林が部屋に足を一歩踏み入れると間髪いれずに

「平気です」

と言った。もう一歩進めると

は平気です」

と早口に言った。
すべなくて、赤林は苦笑した。
「四木の旦那、もうすぐ着くってさ」
それでも表情は一切変わらなかった。



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