●北風とデュラハン

街頭がポツン、ポツンと並ぶ住宅街をあと5分行けば俺のアパートだ。
歩き慣れた道のはずなのに俺はそわそわと落ち着かない。
落ち着かない原因は3つあると思う。

ひとつは、
あと5分したら俺は赤の他人に服を脱いで見せなければいけないということだ。
脱ぐのはかまわないんだけど面と向かって脱げといわれるとそのなんつーかごにょごにょ・・・

もうひとつは、
夜道を綺麗な女の人と歩いているということ。
女の人は右側、だったよな。幽の載ってた雑誌に書いてあった気ィする。そう、確かそう。

あとひとつは、
フリースを買うときに(女だからとりあえずピンクっぽいのがいいんだろうか)と慣れない気を利かせたばかりに、サイズに気を利かせるのを忘れ、自分のサイズであるXLを買ってしまったこと。袖を二度折ってようやく指先がでる状態だ。それだけなのになんだこのトキメキは。



「あ、コラ信号見ろ」

人通りがないとはいえ赤信号に堂々歩み出したの体を引き寄せる。
案の定、目の前の交差点をバイクが走り抜けた。

最近の車とかバイクってのは音ちっせえから怖ぇよなあ。
俺ぶつかったら車壊しちまうじゃねえか。

通り過ぎたバイクが20メートルほど先の歩道に車体を寄せてこちらを振り返っている。

「ん?・・・セルティ」

暗くて見えにくいが、目を凝らせば顔なじみの首なしライダーだ。

「よう、仕事の帰りか」

セルティはこちらを振り返ったまま何も言わない。
顔がないから言わないのは当然か。

「どした?」

俺が首をかしげると、セルティは慌ててPDAを取り出し素早く何事か打ち込んだ。



【 わわわ悪い!邪魔した1おおえお達者で!11 】



「見えねえって」

俺目ぇいいほうだけどさすがに距離がありすぎてPDAの文字は見えなかった。
けれどおかまいなしにセルティは急発進して、あっという間に見えなくなってしまった。

「なんだったんだ?」

釈然としないまま俺は胸に違和感を感じて真下を見た。
腕を引き戻した勢いでピンクのフリースは俺の胸の中におさまっていた。
すっぽり。



***



「おかえりセルティ。どうしたのそんなに慌てて」

【  しんら!静雄がオメデタだよ!o(≧∇≦o)(o≧∇≦)o  】

「どえ!?」








●北風と敬語

某高級マンションでそんな誤報がもたらされているなんて、当時の静雄は知るよしもない。
夜道で若い男女が抱き合っていれば、セルティが「オメデタイことに静雄に彼女ができた」と勘違いしたのもしかたのないことだった。
静雄は動揺することなく、いたって冷静に交差点から自宅アパートまでの道のりを歩きおえた。
カンカン鳴る階段を上って二階、静雄はドアの前でにこう言った。

「ドアの前で待っててください」

冷静と言い張る静雄は例のすっぽり以降、敬語に切り替わっていたことに自分自身でも気づいていなかった。
ついでに言えば「さん」付けで呼び始めたのもこのタイミングからだった。



***



「ええ、待っています」
「・・・寒くないすか」

北風吹きすさぶ外に置き去りはうしろめたい。
さんは長すぎるフリースの袖を持ち上げて「大丈夫」の意味でうなずいた。
うっ
俺はすばやくドアを閉めた。
なんだあのピンクフリース、あらての生物兵器か・・・?
でも大丈夫。ホームに戻ったから落ち着け俺。ビークール。

俺は心臓を落ち着かせてから、ベストのボタンに手をかけた。
脱ぎながらふと両手に目を落とし、グーパーしてみた。
すっぽりの感触がよみがえる。

(やらかい)

い、いや!これはそういうんじゃない!
俺は頭を激しく振って現実に立ち戻った。
余命幾ばくもないあの人の最後の望み、変態的欲求にこたえるだけだ。
そう
そうだ!
決意し、蝶ネクタイに手をかけた。






「脱ぎました」

体が見えるまでドアを開く。
さんは目を皿のようにして俺の身体を上から見つめた。てれる。
そして視線はぐんぐん下がり、
下を見た瞬間残念そうな表情に一変した。

「・・・下も」
「いや無理っす」
「でもこれは着ています」

俺が脱いだのは上半身だけ、下はバーテン服のそれを着ている。
さんはこれでは脱いでいないと主張し、俺はこれ以上は無理と言い張る。
さんは顔を覆ってしまった。

「これでは脱がせることができなかったのと同じ。私はまた勝負にまけてしまった」

細い肩を震わせてしまう。
お、おお、おおおどうしよう
俺は大急ぎで悩んだ。

「えと、じゃ、わかりました。ギリこれは脱ぎます、でもこれでギリっす」

トランクスは死守だ。
慌ててベルトをゆるめて見せるがさんは首を横に振るばかり。

「全部脱いでくれないとだめなんです・・・!」
「あの、泣かないでください、すみません。でも恋人でもないのにそれはキツイんで」
「では恋人にしてくださぃ」
「・・・」

俺は言葉を失った。
生唾をごきゅん、と飲みくだす。
愛する人を傷つけてしまうことを恐れ、頭カタい性分もたたって商売のおネエさんにも手を出せず、守り続けてしまった我が世の春。

ついに到来。

(いまだ)

俺は思った。
腹の底から湧き上がるような声を喉で押しとどめ、思った。

(いまこそ男を見せるとき)

深呼吸
ヒ、ヒ、フー

精一杯キリッとした表情をつくり、できる限り穏やかに発声する。

「汚いですけど、うち、あがっていきますか」
「そんなこと言ってえ。シズちゃんチちゃんとゴムあるの?」



ノミ蟲がひょっこり顔をだした。






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