●北風と土下座

俺はふわふわの大福を抱きしめている。

特大の大福だ。
ちょっと冷たいからこれは雪見大福だと思う。
甘いものは嫌いじゃない。
つか好きだ。
ふわふわももちもちも好きだ。

「トムさん、これ全部おれひとりで食っていいんすか」
「おー、いいぞ。ペロっといっちまえ」
「あざっす。それじゃ、いただきます」



ガチン

という自分の歯の音で目が覚めた。
なんだ、夢か
腹減った。
ちょうど、ケータイから目覚ましに設定している「小鳥のさえずり」が鳴りはじめた。速い曲だと音にビックリしてケータイ叩き割ったことが過去に6回あるからこの選曲だ。
ケータイに手を伸ばすとさんが障害物になって手が届かなかった。
さんが障g

俺は一瞬で覚醒した。
横向きに抱き枕を足で挟むような格好で俺はさんと同じ布団で寝ていた。
俺の腕はさんの頭をがっちりホールドしている。
さんはまだ眠ったままだけれど苦しげに眉根を寄せている。
俺の足はさんの腰から下をカニばさみしている。
さんの右手は俺のスウェット(下)を掴んでいて、俺は半ケツ状態だった。
ああっ、さんには寝込みを襲うなとか言っておきながら俺はなんてことしちまったんだ!
頼む、離れるまで起きるな
そうっと
そうっと
起きないでくれ
起きないでください

長いまつげが、ピクリ

「・・・ん・・・静雄さん?」





























土下座。







●北風と夜這い

「ごめんなさい」

平和島静雄はひたすらに畳へ額をこすりつけていた。

「俺、ホント寝相悪くて、決してやましい心があったわけじゃなくて、無意識で、やわらかかったからてっきり雪見大福かと思って、そのっ、マジでごちそ・・・ごめんなさい」

ひたすら謝る静雄であるが、には彼の謝罪の理由がさっぱりわからない。
謝るとしたら自分のほうだろう。
夜中にこっそり服を脱がせようとしたら寝返りを打った静雄に挟まれて身動きとれなくなっていたのだから。






●北風とドライヤー

「やべえ、時間っ」

土下座で朝の貴重な時間を費やしてしまった。

「クソッ、寝グセなおんねえ、さん布団はじっこに置いといてください、いま朝飯作りますから、あ、シャワー浴びてねえ!歯も、あーえっと、シャワーのあとさんのぶんも作るんでちょっと待っててください、すぐなんでっ」

ワタワタする俺に気をつかってさんは

「もし忙しければ私の朝食はいら」

「朝食は抜かしたらダメ絶対!」

振り向けた俺の顔を音にするならば「くわっ!」
平和島家家訓である。
さんは俺に気圧されて

「は、はい」

肩をビクリと震わせ返事した。
よろしい。



カラスの行水の速度で風呂場を出、飯の準備をはじめる。
髪からは水がぽたぽた落ちているので肩にタオルをおいた。
白米を電子レンジであっためている間に髪を乾かそうとドライヤーのスイッチを入れた。
バチン
ブレーカー落ちた。
こん・ちく・しょう

「電源プラグこらてめえ根性だせやコラ」

ブレーカーを上げてドライヤーの電源プラグに凄みをきかせていると、ツンツンと肩をつつかれた。

「私が乾かしましょうか」
「え?」
「寒いと思うので体に布団を巻いておいてください」
「どゆことすか」

「私の言うとおりになさって」

という言い方がちょっと色っぽかったので、俺は言われるがまま布団を体に巻きつけて部屋の真ん中に座った。
その背後にさんが立つ。

「目を閉じて」

という言い方も色っぽくて俺は目を閉ブワワワワワワワワワワワワワ!!!
突如踏み切りの前を電車が通り過ぎたような風が俺の部屋の中で巻き起こり、一瞬でおさまった。
びっくりして振り返るとさんの指が俺の前髪をそっとすいた。
俺も手で自分の髪を触ってみると、おお、すっかり乾いてる。

さん、肺活量すごいっすね」

感服した。







●北風とギブアンドテイク

「ほんとすげえなコレ」

しっかり乾いて、しかも天使の輪までできている自分のあたまに感動した。

「・・・」

そんな俺をさんは黙ってじっと見ていた。
じっと
じっと


「・・・や、ご褒美に脱ぐとかはしませんよ?」






●北風と天然

さんて天然すよね」
「天然?」
「天然ボケ」
「天然とはどういう意味があるのですか?」
「え・・・」

改めて言われるとわかんねえな
俺は「ちょっと待ってください」と言い置いて国語辞典を引っ張り出した。

たちつて、て、て・・・
てん・・・てん・・・
てんかい、テント、てんねん、あった。



てん ねん【天然】(名)
1. 人工のくわわらない・自然のままの状態。自然。「−の美」(←→人工)


(三省堂 国語辞典より)



という意味だと説明するとさんはなるほどの顔をして

「そうです」

と真面目にうなずいた。






●北風とテレビ



今日のキーワードは?
『桜前線関東へ、秒読み』
春はもうすぐそこ。
ですが今日は最低気温が8度ですのでしっかりコートを着ておでかけください。
また夜から風が強まり、深夜にかけて春一番が吹き荒れる恐れがあります。注意報、警報にご注意ください。
今日ははやめの帰宅を心がけたほうがよさそうですね。
以上、お天気でした。



目覚ましテレビのお天気お姉さんがそんなコメントをした。

「箸から豆腐落ちますよ」
「ぇ、ごめんなさい」

さんは豆腐を持ち上げたまま俺のケータイのワンセグに釘付けになっていた。
ドライヤー時間の短縮により俺たちは落ち着いた朝食を迎えている。

「そんなに天気気にしてどっか出かけるんすか。あ、帰るのか」
「帰らないです。静雄さんと一緒にいます」
「またそういうことを」

俺は照れ隠しにごはんを口の中にかっこんだ。
今日の俺の朝ごはんは山盛り白米と味噌汁、目玉焼き、ソーセージ三つ、レタスがちょぴっと、あと牛乳。

「俺仕事だから無理っすよ・・・う、上目遣いなんかしても無理なもんは無理」

さんのペースにのまれないよう俺は「つうか」と続ける。

「やっぱ豆腐だけなんて体に悪いからソーセージ食ってください。最低気温8度の日に冷奴だけでいいなんて、そんなんじゃ治るもんも治らなくなる」
「本当は食べなくても平気なんです」
「だ・め・だ!」

さっきまでのドキバクはどこへやら。
母親のような心地になって、鼻をつまんで暴れるさんの口に無理やりソーセージをねじ込んだ、ら

「や、やっ」
「らめ」
「はふ」
「あふい・・・」

いちいちエロかったです。







●北風と「ステイ」

さんは帰らないと言うし、俺について行くと言って聞かなかった。
あんまり必死に俺の腰にすがるので(どさくさでズボン下ろそうとしてるんじゃなかろうか)、俺はさんの頭にぽんと手をのせた。

「一生懸命なのはわかるけど、病人なんだから無理しないでください」

さっきしまったばかりの布団を押入れから引っ張り出して広げる。

「帰らないならもう今日は俺も時間ねえし、ここ居てもいいッスから。そのかわり寝ててくださいよ。飯は白米をレンジでチンして冷蔵庫ン中も適当にあさっていいんで」
「・・・」

不満顔でうなずかないさんを布団の上まで引き摺っていって座らせた。
寝っ転がろうともしないし、掛け布団には触ろうともしない。

「ちゃんとかけて」
「・・・」
「はい、ちゃんとかける」

無理やりさんの膝に布団をのっけて敷き詰めた。
さんは協力的ではなかったが、掛け布団を蹴っ飛ばすような反抗は見せなかった。
玄関で靴をつっかけてチラと布団の方をうかがってもまだ大人しく布団の上にいる。よしよし。
でも、暗い顔で黙られると本当に具合が悪そうでちょっと心配だ。

「じゃ行ってきます。あったかくして安静にしててくださいね」

犬に「ステイ」を言う飼い主の気分でドアを閉めた。
犬にしちゃずいぶん綺麗な犬だけど。
































●北風とパタンムクリ

「じゃ行ってきます。あったかくして安静にしててくださいね」
「・・・」

パタン

ドアが閉められた。

ムクリ

が立ち上がった。






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