【コンビニ】パシリ椿



椿はパシらされていた。
誰かが「新館のほうにナース御一行がいるらしい!」と宴会場で叫んだのが15分前だった。
宴会が始まる前から酔いはじめていた先輩らはすぐさま椿に指令を下した。

「コンドーム買ってきて!」
「あとアイス」

アイスは達海だ。
足湯しながら食べたいらしい。

本来ならこういったセクハラ、パワハラを裁いてくれるのは広報永田有里である。しかし彼女は機能しなかった。
慰安旅行への有里の参加について多くの選手は「女性が来てくれるだけありがたい」とさえ思っていた。
だが、誰か一人でも、会長が一人娘を男たちと一緒に旅行へ行かせることに苦言を呈さなかった理由を考えるべきだったのだ。
いやベテラン組はわかっていたのかもしれない。

有里は、序盤から誰よりも多くの酒をかっくらい、今はしきりに赤崎に絡んでいる。
また、有里の後ろではすでに熊田、亀井が物言わぬ物体となって座敷に転がっていた。
選手たちはある事実を忘れていたのだ。



彼女は居酒屋の娘だと。



達海は飲み会の抑止力としては戦力外であるうえ、椿にアイスの指令を下すと「ちょっとおでかけ」と言って逃走した。
GMの後藤は姿が見えない。
椿は覚悟を決め、宴会場をあとにした。
変なものを買いにいかされるのはキツいが、椿にとっては有里に飲まされ屍になることのほうが怖かったのである。






コンビニへ行くためダウンジャケットを取りに廊下を歩いていると、マッサージチェアが並ぶ区画へ通りかかった。
そのひとつが使用中で、浴衣姿で横たわっていたのは顔にタオルを載せた後藤GMだった。
マッセージチェアでひとり「あ゛ー・・・」とか「んぅー・・・」とか心地よさげにうなっている。
(おつかれさまです)と拝んでから、椿は浴衣にダウンというおかしな格好でホテルを出た。

フロントの人によればコンビニまではホテルの前の国道をくだって5分ほどの場所にあるらしい。
浴衣のしたから這いこむ北風が椿の全身をぶるると震わせた。
有里ほどではないにせよ、もうそこそこ飲んでいたので火照った体が急激に冷やされ、風邪をひいてしまいそうだった。
ダウンのチャックを一番上まであげて顔をうずめる。

「らっしゃーせー」

コンビニに到着するとその暖かさにほっとした。客は椿のほかにはいない。

(早く買ってしまおう)

コンドームの棚の前まできてその充実ぶりに驚いた。しかしなるほど、やはりこういう田舎の宿泊施設の近くとなるとそういう目的の人が多いのかもしれない。
ひとつ勉強になった。



(ど、どれがいいんだろう・・・?)



ドキドキしながら手にと

「らっしゃーせー」

バッ!ガサ、バサ!
カゴに放り込んで早足にソレの棚の前を離れ、蓋としてスナック菓子をカゴに詰め込んで隠し、レジに突進した。

(来ないでください来ないでください来ないでください)

願いは届かず、レジで後ろに付かれた。
しかも女性客だ。

(ちがうんですちがうんですコレはガミさんが、ガミさんと丹さんがタッグを組んでそれで)

椿は心の中で言い訳を繰り返した。
スナック菓子がレジ袋に入り、コンドームも紙袋に入ったのを見届けほっとした。

「椿さん・・・?」

振り返った。
持田であった。
椿の顎が落ちた。

「ち」
「ち?」とが首をかしげる。
「ちちちちちちがうんですコレはガミさんがガミさんと丹さんがタッグを組んでそれでっ!だ、だれも助けてくれなくてっ・・・!」

レジ前でしどろもどろに言い訳したが、がなんのことだかわからない様子でポカンとしていたので「すみません・・・」とレジ前をあけ渡した。
一拍置いてから(なんでさんがいるんだろう!?)と正しく驚いた。
は「お泊りセット」という小さな袋を購入していた。
まさか、という予感は尋ねてみて的中した。
勤務先の病院の慰安旅行でこの坂の上のホテルに宿泊するのだと言った。施術があって遅れて電車とタクシーを乗り継いでいまやっと着いたのだそうだ。

(奇跡だ)

椿の心が一瞬にして華やいだ。
ETUはホテルの本館、病院職員一向は新館という違いはあるにせよ、もう二度と会えないだろうと思っていた人にまた会えた。



(奇跡だ・・・!)



「こちらは東京より寒いですね」
「は、はい!」

ホテルまでの坂道を一緒にのぼった。

「椿さんはお友だちとご一緒に?」
「は、はい!じゃない、い、いえ、うちのチームの慰安旅行す。み、みんな選手いるッス!」
「そうなんですか。すごい偶然ですね」
「はい、ほんとに、ほんとに・・・。あ、でもあの、ナツさんはお子さんがおたふくかぜになっちゃったらしくて、あと王子はいつもどおり来てないんスけど」
「そういえば前に村越キャプテンがフットボールマガジンのインタビューて”ジーノは集まりにはだいだい来ない”って読んだことがあります」
「ウ、ウス。王子は飲み会とかもほとんど来ないッス。・・・あの、えと、さんフットボールマガジン読んでるんですか」
「読んでるんです」

はにかむような笑顔はマフラーに鼻の頭までうずめられ、その仕草に椿の胸は高鳴る。
これ以上興奮して情けないところを見せるのは嫌だった。
直視しないよう前を向く。
誰もいない道にふたりきりだ。

「女のひとが読んでるの、珍しいッス」

リーグジャパンの選手の名前をほとんど言えるのだとはまた笑った。
へえ、すごいッスね!と言うはずだったが笑顔に当てられて椿は「ふへえ」とこぼすに終わった。

「・・・椿選手、サイン、いただけませんか」
「・・・へ!?え!?」

大きなリアクションを拒絶と判断したは申し訳なさそうに「すみません。せっかくのオフにこういうことはいけませんでした」と詫びた。
椿は言葉よりも先に体が動いて何度も手のひらを振りまわした。

「そんなことないッス!」

これもまた必要以上に大きな声で言ってしまった。
暗い坂道の唯一明るい電灯の下、二人は立ち止まる。
音が消えた。
椿は自分の喉がごくりと鳴ったのを聞いた。

は、椿のテンパり具合を思いやってか「ありがとうございます」とゆっくりお辞儀した。

「でも、ペンはあるんですがいまはサインを書いていただく紙が無いので、ホテルについて落ち着いたら是非おねがいします」

椿が持っている紙といえばアレがはいった紙袋くらいだ。出せるわけがない。

「それじゃあああああの、く、九時くらいなら抜けられると思います、ですので。そ、そこの一階でま、待ってますッス」

椿の震える指はホテル本館の建物を指差した。
ああ、気づけばもうホテルに着いてしまった。
外気はひどく冷たいはずなのに、冷たいものでも食べたいくらいに体じゅうが熱かった。ああ、アイスでも買っておいたらよか「アイスッ!」

椿は監督から言われていたアイスを買い忘れていた。

「アイスがどうかしましたか」
「あの俺、監督に買って来るようにいわれてたんスけど、忘れて」
「監、督・・・」
「あ、でもいいんス。このあとまた走って行って買ってくるッス」

は寒かったのか、またマフラーに鼻までうずめた。

新館入り口まで送り、お互い会釈をして別れた。
本館よりはるかに立派な作りの新館のまばゆいエントランスである。
しかし椿の目には回転扉のむこうに遠ざかるの後姿しかうつらない。
椿はの姿が見えなくなってもしばらくの間ほうけたように見つめ続け、それから思い出したようにぐっと拳を握ってジャンプした。

(やった、やったぞ!さんと話せた)
(もう一度会えるなんて思ってなかったのに)
(それどころか約束までとりつけた)
(やった)
(やった!)
(やったあー!)

星のきれいな空を見上げると、白い息がほうっとふくらんだ。
深く冷たい空気を吸い込み、かみ締める。



(ああ、はやく9時にならないかなあ)



青春の予感に胸をときめかせる椿は気付けるはずもなかった。
スキップでコンビニ方向へ跳ねて行く彼の後姿を見つめる目があったことなど・・・。































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