【新館露天風呂】酒を飲んでから風呂に入ると危ないから先に風呂に入りにきた
「いいかー。酒を飲みすぎた奴は長湯するんじゃないぞ」
「「「「ウィーッス」」」」
城西の言葉に東京ヴィクトリーの面々は練習の時よりはユルく、まとまりのない返事をした。
ホテル新館の最上階「鳳凰の間」で宴会がはじまってまだ15分も経っていないが、彼らの一部は食事よりも露天風呂を先に堪能したいと言って移動してきたのだった。
ゆっくり温泉につかりたいし、しこたま飲みたい。しかし飲んだ後の長湯は命に関わる。
よって、彼らはより利口な順序を選択したのである。
「おお、さすが外人はデケー」
誰かがレオナルドを覗き込んでそんなことを言い出した。
「やはり露天風呂は心も体も開放的になるな」
「そすね。シャワールームでぶらぶらさせてんのは持田さんくらいスもんね」
「せっかくの機会だ。ここは皆で隠さず腹をわって話そうじゃないか」
「シロさん、隠すのと腹をわって離すのはあんま関係なくないですか」
「・・・堀さんは堀さんって感じスね」
「な、なっ!見てんじゃねえ三雲!見たならおまえこそ見せてみろよっ隠しやがってっ」
「ちょ、持田さんみたいなことはやめてくださいよ」
「いいから見・せ・ろっ!」
「わっ、タ、タオル返してくださいよ!」
「「「・・・み、三雲先輩」」」
ドっと笑いが起こった。
城西も笑う。
少々下品ではあるが「名門」という言葉に縛られ私生活まで”正しく”生きることを求められている東京ヴィクトリーの選手達には、こんなふうに打ち解けられる機会はまたとない貴重なことだ。
一見無益な普段のやりとりもまた、チームメイト同士が対等に意見を交わすことのできる土壌を育むと城西は信じていた。
感慨深く露天風呂を見渡した城西は、湯けむりのなかすでに一人がお湯につかっていることに気づいた。
「持田、先に来てたのか。宴会のときにいなかったからどこに行ったのか心配したんだぞ」
持田は応じず、視線すらくれずに、露天風呂の奥へとすーっと遠ざかっていった。
「なんか持田さん、無言で奥行っちゃいましたね・・・」
またエースの機嫌が悪いのではと三雲は表情を曇らせる。
城西はよくない機運を読んだ。
あれはサッカー以外の団体行動に大いなる難を持つ男だ。彼が怒気をまとうなら他の皆はリラックスできないだろう。
「シロさん、怒っているかどうかアイツ見てきてくださいよ」
「ああ、わかった。まかせてくれ」
持田が怖くて湯船に近づけないチームメイトの思いをうけ、城西は体についていた石鹸の泡を一気に洗い流した。
湯は熱めで湯船に入ると外気温との差で肌にピリリと刺激がはしる。
こらえ、ザブザブと湯を分けて近づき、持田のプライベートゾーンであろう半径分離れたところから声をかけた。
「熱いが外が寒いからちょうどいいな!」
持田は首まで湯につかり、こちらに背を向け湯船の淵を見つめている。反応は無い。
サッカー以外では本当に機嫌が悪いときに黙るくせがあることを知っている城西は(だいぶ機嫌が悪そうだ)と心の中でため息をついた。
だがしかし、持田もチームメイトだ。
他の選手だけでなく持田もこの慰安旅行を楽しんでもらわなくては意味が無い。
「空を見てみろ、星がきれいだぞ」
「・・・」
「ひとっ風呂浴びたら一緒に宴会場にもどろうか。紅葉さんの料理ほどではないが、ここの食事もなかなかうまかったぞ」
「・・・」
「ビールのほかに地酒も出ているんだ」
「・・・」
無視を決め込む持田に苛立ったわけではない。
しかし、身勝手に皆の雰囲気を悪くするような振る舞いはキャプテンとして看過するわけにはいかない。
「持田、返事くらいしないか」
持田の髪へ向け、手のひらで水をはらった。
その瞬間、持田の体がビク!と震えた。
はずみで水面にあがってきた肩と首がやたら細いことに気づいたのは「シロさん、たすけてくださ・・・」というか弱い声を聞いたのとほとんど同時だった。
耳と目を疑い、視線を湯船のなかに揺らぐ持田の体へとさげていく。
なめらかで
しなやかで
まろやか
「み、見ないで・・・」
涙をにじませ恥らい身をよじる姿に一瞬でメーターが振り切れてもとの場所に戻ってきた。
「みんな大変だ!本館のほうの露天風呂にはいま若いナースがたくさん入っているらしい!」
水面に叩きつけるような大喝であった。
しかしまさに鶴の一声、またたくまに選手達は露天風呂から姿を消した。
ドシンバタンと並々ならぬ速度で全員脱衣所からも出ていったのを確かめ、城西もタオルを腰に巻いて中へ駆け戻り、脱衣所入り口に「清掃中」の看板を置いた。体を大急ぎで雑にぬぐってさっき脱いだばかりの浴衣に着替え、一個だけ残っていたカゴの中を見ないよう顔をそむけて露天風呂の中に運び込んだ。
「着替え、ここに置きます。もう誰もいませんので・・・その、安心してください。俺は脱衣所の中にいますので」
そう言い置いて城西は脱衣所に戻り、着替えカゴを収納する棚に両手を付き
ババババババッと聞いた事のない音で脈打ち始めた心臓に手をあてた。
(普通に会うだけで充分だったのに(裸!)神様がとんでもない会わせ方をして(裸!)くれてしまった(裸!)これは(裸!)まさかどうしてなぜだ、ああもしかして童話で(裸!)斧を泉に落としたら金の(裸!)斧銀の斧どちらがいいか聞かれて普通の斧でいいですと言ったら両方く(裸!)れましたという、あの日ごろの行いがよかったから(裸!)ご褒美をあげよう(裸!)という系統のものなのだろうか(裸!)いやいやいやいやいや落ち着け(裸!)もっと(裸!)論理的なことを考えるんだ!(紅葉さんの裸!))
城西が息も絶え絶えに顔を上げると棚の上にご「利用案内」と書かれた看板があった。
19時に女湯と男湯を入れ替える旨が書かれていた。なるほど、ホテルのひとが中をよく確かめずに女湯と男湯を切り替えてしまったのであろう。入り口にスリッパがあれば気づいたのだろうが、いま入り口には城西が履いてきたスリッパしか見られない。見回すと、入り口から脱衣所の中が見えないようにと立てられた竹のついたての隅に、レジ袋にはいったバレーシューズがひっそりと置いてある。なるほど、あの置き方だったならば従業員がちょっと入り口から覗き込んだくらいでは気づかない。
合点が行き、論理的な結論を得た城西が冷静さを取り戻した。のも束の間、
ガララ
後ろですりがらすの引き戸が開き、城西の心臓が口から飛び出した。
「シロ、さん・・・」
紅葉はきちんと浴衣に着替え、帯のあたりを押さえながら、いたく申し訳なさそうに入ってきた。
絶景を思い出して再びサブリミナル裸に見舞われるかと思いきや、この紅葉の衰弱が城西の勢いを削いだ。
「紅葉さん、大丈夫ですか」
よほど驚いたのだろう。
足元はふらつき、青ざめて、弱って、いまにも倒れてしまビターン!
倒れたーっ!?
【新館露天風呂】紅葉の悲劇
持田紅葉の身に起きた悲劇、城西にとってはご褒美は、彼女の勤務終了間際、急患があって慰安旅行行きのリムジンバスに乗り遅れたところから始まっていた。
病院という仕事柄、慰安旅行といっても全員が参加できるわけではない。
去年は紅葉も留守番組だった。だから今年は行ってきなさいと背を押してもらったものの、見知らぬ電車とタクシーを乗り継いでようやくホテルに最寄のコンビニに到着した頃には、1月の寒さに体の芯まで冷えきっていた。
コンビニで紅葉は奇遇にもETUの椿に遭遇し、ホテルまでの坂道を一緒に登ることになった。
聞けば、ETUも同じホテルの別の棟に泊まっているというではないか。
台東区の保養施設だからと言ってしまえばそれまでだが、日程まで同じというのはおもしろい偶然だと驚いた。
到着は遅れたがおかげであとで椿選手のサインをもらえることになったうえ、達海もいるということを知って、彼女は鼓動を早めていた。
ホテルに着くと、現代的な建物なのに和服の仲居さんが丁寧に出迎えてくれた。
「他の方々はみなさんもうお食事をはじめられて、あと30分くらいでお部屋にお戻りになられると思います。ちょうどほかの団体様も宴会中ですので、もしお腹がすいていないようでいしたら、いまは露天風呂がすいていますので、おすすめですよ」
勤務が延びたため、夕方近い時間にサンドイッチを一つ食べてしまっていた。食事は部屋に置いておいておくこともできるというので、すすめにしたがって紅葉は先に露天風呂をいただくことにした。
浴衣もフロントで手渡してもらい、温泉ぽさに少しわくわくと心が躍る。
誰もいない大きな露天風呂の贅沢さは冷えていた体をほぐしていった。
温泉の温度にも慣れ始めると湯船からうっとりと夜空を見上げる。
東京からは見たこともないような星の数だ。
身を隠すように立ち上る白い湯気と濃紺の空のコントラストもまたきれいだった。
せっかく誰もいないのだから、泳いでしまおうか
そんないたずら心が珍しくそぞろわいた矢先、脱衣場と露天風呂を結ぶ引き戸が開いた。
(残念・・・)
紅葉はぶくぶくと口までお湯に沈めた。
「いいかー。酒を飲みすぎた奴は長湯するんじゃないぞ」
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