【本館廊下】策士世良



お腹に手をあてふらふらと歩いている人を見つけた。
顔まではよく見えなかったが浴衣越しに見える体つきでスレンダー美人と判断すると、世良は俊足を誇るFWらしく、軽やかな足取りで接近した。


「迷子すか?」

振り返った女性は

「うぎゃ持田さんっ!」

だった。
持田はあっと目を開いて「世良選手」と小さな驚きを見せた。

「ってワァ!びっくりしたあ。持田さんの妹さん、超久しぶりっすねー!あ、つか注射のときはすんませんでした。俺持田さん来たかと思ってビビっちゃって。で、どうしたんですこんなところで」

そこで世良は持田妹の病院の慰安旅行とETUの宿泊先が同じというミラクルを知った。
さらには彼女が遅れて来たために食事にありつけていないと知り、世良のスペシャル計算機がすばやく計算を完了した。

「じゃあうちのほうの宴会場きたらいいスよ。ナツさんがドタキャンしたんでちょうど食事1つ余ってるんス」

いやいやいやいいんスよマジで遠慮しないでくださいッス。うち女の人広報の一人しか来てないから、有里さんも女の人いっぱいいたほうが楽しいと思うッス、さささドゾドゾこっちッス!
などと言葉巧みたたみ掛け、本館宴会場「鶴の間」へと誘いこんだ。
持田の血縁である以上に手を出す気にはなれないが途中で「よかったら他の病院の人も呼んでこっちで一緒に飲みませんか」などと切り出し、経由でナースと自然にお近づきになる計画が世良の中で組みあがっていたのである。
万が一そういったアプローチを嫌がりそうな女性であれば、酔わせて「あぶなっかしいッス(笑)。一応送っていくッス(笑)」からの「すみません。ちょっと飲ませすぎてしまったみたいで(笑)」とナース陣営にナチュラルかつ颯爽と切り込むことができよう。

(見たか、これぞ丹さん直伝合コン奥義その1、”外堀埋め”!)

「フッフッフッ」
「世良選手、どうかしましたか」
「いえ、なんでもないッス。ささ、こっちが宴会場でーす」












【本館宴会場「鶴の間」】 後藤と持田妹



「おかげさまで昨年は誰もインフルエンザにかからずにすみました。本年もどうぞよろしくお願いします」
「それはよかったです。こちらこそ、本年もよろしくお願いいたします」


三つ指ついて、後藤とがなにやらほのぼのと新年の挨拶を交わしている。
世良は味方のなかに敵があることを忘れていた。
鶴の間には、クラブの不祥事を全力で阻止しなければならない男、後藤GMがマッサージチェアから帰還していたのである。
世良が堺に「詰めが甘い」と罵られる所以であった。

「そうですか、隅田川総合病院にお勤めで。近いからどこかですれ違っているかもしれませんね。お昼とかよく外出られたりするんですか」
「お弁当が多いんですが時々外に出ることもあります。そうだ、どこかおすすめのお店はありますか」
「それでしたら東東京知ってますか?夜は居酒屋なんですが、昼はランチもやってるんですよ。実はうちの会長の実家でして、上座でうちの選手を連続撃破している酒豪もそこの娘さんで」

ハハハーと明るい笑いが咲く。
これを遠巻きに見て心配そうな表情を浮かべているのは椿だ。
緑川がこの表情に気づいて椿に声をかけた。

「どうした椿」
「ド、ドリさん・・・いえ、あの、後藤さんすごいなって思って・・・」
「すごいって?」

あのほのぼのした風景のどのあたりがすごいんだろうかと緑川は首をかしげる。
椿は正座してズドンと肩を落とした。

「ほとんど初対面の女の人と楽しそうに話せるなんて、すごいっす・・・」

それほど意気投合しているようには見えないから緑川にはそのすごさは伝わってこなかったものの、椿にとっては畏敬の念すら抱き、劣等感と焦燥感に苛まれるほどの才らしい。
しばらく楽しげに会話をしていた後藤とだったが、突然後藤が
ビターン!
に向かって土下座をして、緑川も椿も目を丸くした。












【本館宴会場「鶴の間」】 後藤と不祥事



天気の話題をかわす朝の主婦のように、後藤との会話は当たり障りが無い。
がっつきがちの世良よりはよほど波長も合うようだ。

「救急隊員の方っぽい格好の人もたまにいらしてるのでお仲間でどなたか常連もいるかもしれません。東東京にはコーチ陣や達海も一緒に行ったりもするんですよ」
「・・・そ、そうなんですか・・・」

の言葉に動揺がはしった。
頬に朱が差し
目はおよぎ
膝の上の手はぎゅっと自分の浴衣を掴んでいる。

急な変化に後藤は瞬きした。

「あの、どうかされましたか」
「いえ!いえ・・・どうぞおはなし、続けてください」

不自然だ。
後藤は首をかしげ

「東東京」
「?」
「救急隊員」
「?」
「コーチ陣」
「?」
「達海」
「!」

1ワードずつカマをかけていくと、あからさまに達海の名前にだけの表情が強張った。
暴かれたの顔は余計に赤くなり、逆に後藤はさっと青ざめる。
後藤の手はカタカタと震えはじめた。

「ま、まさか達海がなにか粗相を働いたんじゃ・・・」
「違うんですっ、すみません、達海さんはなにもしていなくて、そうではなくて、わたし、体を触っ」






「申し訳もございません!!!」






後藤が音速でビターン!と土下座した。
はびっくりしてのけぞる。

「嫁入り前の若い娘さんの体にあいつ・・・!あ、嫁入り前ですよね?」
「は、はい・・・?ぁ、いえ、わた」
「嫁入り前の若い娘さんになんてことをっ!」

後藤はうねりを上げて身をよじり、はっと気づいた。



”ねえ後藤 俺のこと殴って 若いのいじめた”



いつだか深夜3時のクラブハウスで聞いたせりふだ。

まさか

「あの・・・つかぬことをお伺いしますが、朝の3時くらいに達海に会ったことあったりしますか・・・?」

の目にぶわと涙が浮かんだ。

「ど、どうしてそれを・・・」

後藤は宴会場に頭から突っ伏してそのまま真っ白な灰になった。



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