【多目的運動場】朝5時
冬の朝五時の運動場は薄紫色をしている。
山のうえからは白い霧が降りてきて彼らの姿かたちをかすませる。
それでも短くこじんまりとした笑い声とゴムボールを蹴る音が達海の耳にはたしかに聞こえていた。
「あはっ」
「おー」
「待って」
「お?」
「もいっかい」
「いいぜぃ?」
「せーの」
「あまい」
双子の声は決して大きくはない。
厳かな山の朝に誰も起こさないように気をつかい、奇跡を二人の間でとじこめておけることを願った、そういう声の大きさだ。
双子の顔は楽しそうに同じ形にずっと笑っている。
口からこぼれる息は真っ白だ。
「手ェつかっていいつってんじゃん」
「ここから本気ねっ」
「じゃ俺もねっ」
「あはっ、はっ」
「フェイントで抜くかっ、とみせかけて」
足元で奪い合っていたボールが上向いた持田の額に乗った。
紅葉はジャンプしてそのボールを手ではたき落とそうとするが、持田の手が紅葉の頭を上から押さえつけていてそうもいかない。
「ファウル、ファウル」
「おーっと、主審ノーホイッスル、ノーホイッスルです」
実況の持田さんによるとノーホイッスルらしく、細い手だけがあくせくと空をかき、持田の頭の上でのボールキープは続く。
紅葉はもう短く笑うだけでは堪えられず、腹をかかえて笑い出した。
「スキあり」
紅葉がくずれている隙に、持田は頭からボールを落としてそのまま本気シュートをゴールネットに叩きこんだ。
いーれーて
そう言いたい。
でも、邪魔をするなんてちょっと無粋だ。
達海は国道沿いの散歩を終わらせることにした。
ホテル新館のわきから散歩道へ入ると夜のうちは気づかなかった、チャペルがある。
石畳の散歩道をそれて、さく、さくと整えられた草を踏む。
祭壇が見えた。
「・・・」
古傷が痛む
あの脚は壊れゆく
壊れゆく脚は止められない
「・・・あのゴムボール、あいつら遊び終わるまで壊れませんよーに」
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