【本館ロビー】9時にロビーで



9時にロビーで。

その言葉のとおりさんは本館ロビーにやってきて、俺なんかのサインをとても喜んだ。
「こちらからあげられるものが今はないから」と今度練習場に差し入れを持ってきてくれると言ってくれた。
俺はクセでそんなの大丈夫です気にしないでくださいすみませんごめんなさいというようなことを言ったが、さんは笑っただけで、本当に練習場に来てくれるような気がした。
うれしかった。
本当にありがとうございました、それでは。と踝を返したさんを呼び止めたくて、声が出ず一歩だけ中途半端に踏み出す。
さんは「あ」となにか思い出したように俺を振り返った。
伸ばしかけた俺の指は瞬時に引っ込む。

「お酒、ほどほどになさってくださいね」

さんはちょっとおねえさんぽく、あるいはお医者さんぽく俺をたしなめた。
自分の頬をトントンと指先でたたく仕草をしたから、俺の顔が真っ赤だとそういう意味だ。
違う

「お、俺!」

再び遠ざかりかけた背を思ったより大きな声で呼び止めてしまったのは、やっぱり少しは酔っていたからに違いない。
拳をぎゅっと握り締める。

「俺っ、つつつつつばき、つばきだいしゅき、ちがっ、椿大介と申します!」

さんは目を丸くした。
当然だ。名前なんて、「椿さん」と呼ばれたのだから今更自己紹介なんておかしい。それでも仕切りなおしたかった。初対面で悲鳴をあげてしまった出会いを仕切りなおしたい。
持田さんの妹としてではなく、ひとりの女性としてこのひとに出会いたい。
そのために、自分の中のジャイアントキリングをおこすんだ。



「よければメールアドレスを教「あっれー?椿くんじゃーん!」

「ひっぃぃぃぃぃぃいいい!!?」



条件反射で戦慄した。
自分の背後ににゅっと持田さんが生えてきたのだ。
なぜ、どうして!?
ごめんなさい!!!!!!
ガタガタ震える俺の肩を持田さんはがっちりと組んだ。
肩からやってきて俺を覗き込む見開かれた瞳は邪悪な色で塗りこめられている。なのに笑う。

「なに?なに?に何のよう?」
「あの、あのその、もし、もしよろしければ、メ、メアドをと」
「えー?きこえなーい。の股に何つっこみたいって?」
「蓮、椿さんに乱暴なことしないで」
「おまえは黙っとけ。ねえ、違うなら言ってごらんよ椿クン。オ兄チャン聞いてやっからさァあ?」


(たたたた助けて、コシさん・・・!)












【本館ロビー】ジャイアンとキャプテン



(たたたた助けて、コシさん・・・!)



ロビーから椿の悲鳴が聞こえた気がして様子を見に来てみれば、椿が持田にカツアゲ?され、その近くにはもう一人の持田がオロオロしていた。ああ、あっちはいつかの持田妹か。
それにしてもなんで持田がいるんだ。兄妹旅行か。
まあ、ともかく

「おい持田、うちの選手に手ェだすな」
「よせ持田、よそさまにまで手をだすな!」

「コ、コシさん!」と椿の泣きっ面がパッと明るくなり、
「うげぇ・・・シロさん」と持田の顔色が鈍った。

ロビーには浴衣姿で外から走ってきた城西まで現れて、ますますわからん。
城西は「ん、村越さん。それにETUの椿?どうして」と首をかしげたから、向こうもわからないらしい。

「ともかく持田、暴力事件なんて起こしたら大変な事になる。やめなさい」
「別に暴力なんてしてないでしょ。ねー椿クン?ボクたち仲良くしてただけだよねー?ねー?」
「ヒィ!」
「そういうのがダメだと言っているんだ」

城西は持田を後ろから羽交い絞めにし、椿はそのすきに俺の背後へとさっと逃げ込んだ。が、持田妹が心配そうにこちらを見ているのに気づくと、はっとして俺の後ろを抜け、横で気をつけの格好をした。

・・・なんとなく察した。

「離してよシロさん」
「飛び掛らないと誓うか」
「最初からとびかかってなんかない。・・・ただ、があいつの今日の夜のおかずにされるのかと思ったら、おれ・・・黙ってらんなくて」

「持田・・・」

城西はうつむいた持田にコロっと騙され、羽交い絞めにしていた手を放した。
さらに持田につられて城西は表情まで沈痛な面持ちだ。
東京Vの他の連中の苦労がしのばれる。
うそ臭い演技の持田は続けた。

はおれのたったひとりの家族だよ。正直、大切だ」
「・・・ああ、知っているとも」
「そしてね、家族はことあるごとに写真をとるんだよ」

同じトーンで唐突に話が変わった。
持田はどこからかiPhoneを取り出し、切なげに見つめた。

「水着の、これは三年前。海へ行った時のだ。花柄のビキニ」

何の話だ。

「浴衣の、花火大会の日、俺が外に出るの面倒って行ったからマンションのなかで着て撮ったんだ。これはお風呂の。卒業式に着物を着た。女子高生の。制服でチャリを立ちこぎする

だから何の話・・・、と、城西と、椿まで口が開いて変な汗をかいている。息が荒い。
持田はにやりと笑い、iPhoneを天へ突き上げた。



「褒美は勝者に」



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