ケータイが光ってる。
ずっと光ってる。
いろんなひとから
電源を落とした。
「お客さん、どちらへ」
東京ヴィクトリーの契約病院の正面につけていたタクシー運転手が、バックミラー越しに尋ねてきた。
どちらへ
「・・・」
ぼうっと考える。
女の部屋
シロさんのマンション
クラブの寮
ホテル
クラブハウス
箱根
ゴミ捨て場
校庭
登別
冷蔵庫の前で動かなくなった紅葉の後姿が深く落ちたまぶたの裏に映って焼ききれた
「家」
運転手は「え」と返した。
「どちらです?」
知らねえよ
この頃から二連覇の王者・東京ヴィクトリーはリーグジャパンの順位表を転がり落ちていった。
<王国崩壊>
スポーツ紙にそんなフレーズが躍る。
紅葉には「ただの炎症」と伝えた。
もう何度目か、指折り数えるとわらえてくる。
紅葉も笑った。「じゃあ早く治るように夜ご飯食べたいものある?」って。
あいつはマンションに戻らない日が多くなったように感じた。けれどよくよく考えると、それは遠征にも行かず俺が毎日夜にはここに戻っているからだと気がついた。紅葉だってもう学生じゃない。忙しい日や出張だってある、らしい。あいつは忙しいもつらいもきついも何も言わない。あいつが弱音を言わないのはあいつが本当にそうしたいと思っているからだ。そう、だから俺もなにも言わ・・・。
戻ってきたとしても、俺より遅く帰って俺より早く出て行く。
冷蔵庫には決まってラップをかけたごはんがある。
つまらないテレビを消すと音が消えた。
広いリビングを振り返る。
「・・・」
リビングに広げていた毛布を自分の部屋まで引き摺り、音の多い音楽をかけてベッドにもぐった。
6月24日 土曜日 リーグジャパン17節
東京ヴィクトリー vs イースト・トーキョー・ユナイテッド
王国にエースが復帰した。
この試合をメディアはこう評した。
『エース持田 怪我明けとは思えぬ気迫でETUを圧倒するも、結果は1-1』
『ドローながら王国は長く屈していた膝を立ち上げる機運をまとっていた』
それでも、紅葉が戻らない日は増え続けた。
6月25日~7月13日、リーグは中断期間にはいる。
俺はカバンの奥でぐちゃぐちゃになっていた東京Vの練習予定表と紅葉の部屋にあった勤務日程を照らし合わせ、慣れないシャーペンで計算し計画した。
決戦はこの日。
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