「紅葉さん元気になったか」
ベッドにあぐらをかいてストレッチする持田が快くない顔をむけた。
城西は目覚まし時計をセットして自分のベッドに横たわるところだった。
当然のように持田処理班として同室にされた夏のキャンプ初日である。
「このまえ、疲れてるって言ってたろう」
「・・・ああ。うん、まあまあ」
「そうか。ならいいんだが。医療ドラマとか見てると過酷そうだしおまえの世話まで。紅葉さん痩せてるから」
持田は目をそらし黙って自分の足の裏に触った。
本当に機嫌が悪いとき持田は黙る。一旦こうなると城西や平泉監督ですら手がつけられない。取材でプライベートのことを聞かれるとよくこの状態に陥り、メディアにあぶら汗をかかせるのは有名なはなしだ。
これ以上何も言わないだろうと踏んで城西は聞こえないようにため息をつき、目を閉じた。
「俺とひとつになりたいんだよ」
予想ははずれた。
持田は無感動に続ける。
「エッチとかじゃなくて。あいつは、俺のむねが平らだから平らになりたい」
「・・・」
「言っても聞かないから言わないけど、俺は別に体の違いは仕方ないと思ってるんだよね。だってそうしないと、俺はチンコ小さくしないとでしょ」
城西はまたも返事に窮した。
「言うとキモいわ、俺ら」
はじめてそのことを口にしたようにぽつりと最後につけくわえた。
これを聞くや城西のキャプテンシーに似たなにかが燃えに燃え、再びフル稼働してコメントをひねり出す。
「じ、じゃあ、おまえが鳩胸にならないとだな!」
一拍の沈黙を置いてから、持田はベッドに倒れこみ足をバタつかせて噴き出した。
日焼けしていない白い足首でうす汚れたミサンガが揺れる。
ひとしきり笑い、息を整えはじめたかと思うとやがて隣のベッドは静かになった。
「持田・・・?」
返事はない。
横向きに毛布もかけずにうずくまっている。城西は肘をおこした。
持田はよく寝る。宿泊先でも、空き時間も、人の家でも、移動中も。
「寝たのか」
肩がゆっくり上下している。
城西は一度ベッドを下りて、持田の足元でぐちゃぐちゃになっている毛布を肩まで持ち上げた。
凶悪さが抜け落ちた寝顔を見たら、寄り添って眠っていた双子の姿を思い出した。
明かりを消してしばらくすると不意に
(電話、しなかったな)
そんなことを思った。
***
「最後ですので鍵お願いしますね」
研究室で教授のその声を聞いたのは6時間半前。終電は5時間前に終わった。
まもなく無人のホームに始発電車がやってくる。
うつろな頭にイヤホンからDREAMS COME TRUEの「何度でも」が聞こえてきた。
"10000回だめでへとへとになっても 10001回目は何か変わるかもしれない"
曲が終わりかけた時、iPodの再生設定を変更した。
リピート:1曲
電車がホームへ入ってくるといびつなミサンガが力なく揺れた。
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