をリビングのカゴに戻し、好きに見ていろと遊具代わりにスケッチブックとピンクダークの少年第一巻を与えてやるとたいそう喜んで丁寧にお辞儀をされ、行き倒れの風体だった露伴自身はバスルームにおさまった。
頭を洗っていると、楽しい思いが頭をかけめぐる。
受賞が公式に発表されるのは8月だという。自分の作品を読んでくれる人がぐっと増える。いまさっきもひとり増えたように、いや、あれはちょっと感動しすぎだが、ああいう風に喜ぶ奴が増えるのだ。
バスルームに窓からさしこむ陽光のすがすがしさは、そのまま風呂上りの爽快感になった。
「あーさっぱりした」
と同時に、が拾ってから丸二日間風呂に入っていないことに気が付いた。
冷房をつけてはいるが、蒸し暑いこの季節にあんな重装備をしているのだから汗もかいているだろう。

ひらめいた。
無理やり裸にひん剥くふりをして恥ずかしがって嫌がる顔をスケッチしてやろう、
そうしよう。

ケッケッケと小悪党の笑い方をして体を手早く拭い、着替え、岸辺露伴(21歳)は手桶に湯を張ってリビングに忍び寄る。
一刻も早く恥ずかしがる顔が見たい。
肩にかけたタオルに毛先からポタポタと水が落ち続けているのを気にもとめず、リビングにバァーン!と踏み入った。

「ありがたく思えよ!、風呂を用意してやっ…」

意気揚々と声を張ったリビングの中央、テーブルを囲うソファは東方仗助、虹村億泰、広瀬康一、山岸由花子に陣取られていた。
ひゅっと楽しい熱がひく。

「こんにちは、露伴先生、お邪魔してます」
「コンチワ、露伴センセ。勝手にあがらせてもらいましたあーん」
「いくらここが田舎だからって鍵あけてちゃ不用心だぜー」
「…そうだな。君たちみたいのに侵入されないように触ると電撃が走るやつにドアノブを変えておくとしよう」
「いやいや、おれらテラスの窓から入らせてもらったんで」
「窓壊して、仗助のクレイジー・ダイヤモンドで直してな?」

ぎゃははーっと笑いあう仗助と億泰に、康一ははらはらと目を泳がせている。そして露伴の怒りがふつふつと腹の奥から込み上げているのを認めると、わざと大きな動作で手を打った。
「せ、先生!実はその、今日はいいものを持ってきたんです」
「…いいものだって?」
康一の話だけは聞く。
「ね、由花子さん」
「そうね康一くん。はいこれ」
「そうね康一くん」と、「はいこれ」と露伴に差し出した時の声音はとても同一人物のものとは思えない。
いぶかる露伴の手に渡されたのは小さな小さな洋服だった。
真っ赤なAラインドレス、青と白のギンガムチェックのワンピース、ビキニの上下に、モスバーガーの店員制服、婦警さんの制服らしきものまである。
「押入れを探したら出てきたのよ。小さいころ遊んでたお人形の服。後ろがマジックテープになっているから、多少サイズが違ってもたぶん着られると思うわ」
「そういえば、先生。いまさんにお風呂って言ってましたね。由花子さんがいるからこのタイミングで着替えるのにちょうどよかったですね」
「そうね、それじゃあ行きましょう。洗面所借りるわ」
「…ああ」
湯を張った手桶を持って突っ立っている露伴をよけて、を手に乗せた由花子がリビングを出て行った。「どれか着たいものあるかしら」などと康一に接する以外で由花子にしては珍しくちょっと楽しそうな声である。幼い日々のことでも思い出しているのかもしれない。

「…で、先生はその桶何に使うつもりだったんスか」

半分わかっているような顔で仗助がなめた口をきく。
「決まっているだろ」
そう言って、ドン!と二人の前に手桶を置いた。
勢いよく踊った水が二人の顔と服に飛び掛かる。

「召し上がれ」






スタンドまで飛び出して取っ組み合いのケンカになった。
「ちょ、三人ともやめてってば、今日はケンカしに来たわけじゃ、うわっ!…もう!エコーズAct.3!」
康一のスタンドが三人をヒキガエルのように床につぶしたところで億泰はあきらめたが、仗助と露伴だけはそれでもなお、重い体をひきずってケンカを続けようとしている。いつもならまっさきにケンカを止めにはいる仗助だから、さては言い合っている間にまた露伴が仗助のリーゼントを口汚くののしったのだろう。
こうなるとひどく面倒だが、止めないわけにもいかない。
康一は本日二つ目の妙案を思いつき、囁きかけた。

さんはいま裸でお風呂中ですよ」

ピタ、と一瞬仗助と露伴の動きが止まる。同じ男だ、こんなセリフでも効果テキメンなのは知っている。
後ろで「うひょ」と億泰の声がした。
しまった。
仗助と露伴のケンカを止めるために、一番“効果テキメン”してしまう人間を忘れていた。
億泰はまだエコーズにつぶされたまま方向をかえ、廊下へ向かってコモドオオトカゲのごとく体を引きずり出した。
「億泰くん、いまのは仗助くんと露伴先生をとめるための言葉のあやだから」
「いや…!おれァ行くったら行くゼ…!たとえ、全部の内臓がつぶれても…!」
「ちょっと、億泰くんったら!待ってよ、エコーズ!もっと重くして!」
了解、SHIT とスタンドが応じるとフローリングが陥没する嫌な音が響き渡る。
これでもう動けないだろうと汗をぬぐった康一は

ガオン

という音を聞いた。
億泰は前へ進むことをやめなかった。
ザ・ハンドで空間をけずりけずり、リビングから出て行く。

「こ、康一、エコーズ解け。あのバカ、マジ、だ…はやく、止め、ねえと」
「そんなこと言って…仗助、貴様、こそ…覗きに、行く、つもりだろ…!」
「ち・げ・え!いーから、解けっ、て!さんの、身があぶね…!康一っ!!」
「わ、わかったよ」

必死の形相に気おされ、康一は二人にかかる重圧を解除した。瞬間、二人は爆発的な加速でリビングを飛び出し、互いの顔を押しのけながら、億泰の背中にほぼ同時に飛び掛かった。億泰はあれだけの重圧を受けていたにも関わらず恐るべき速度ですでにバスルームの扉の前まで迫っていた。二人が追い付かなければあわやザ・ハンドがバスルームの禁断の扉をガオンするところであった。
「よかった。仗助くん、間に合っ」

「あら、あなたパンツ履いてなかったのね」

中から聞こえた声にすべての男たちの動きが止まる。
あたりは、吐息も、鼓動すらないかのように静まり返った。

「ぱんつとはなんでしょうか」
「下着よ。昔の人ってつけていないの?ビキニの下があったからよかったわ」
「びきにのした」
「後でつけ方教えるから安心して。…ふうん、こんなに小さいのにちゃんと女の子の体をしているのね」
「あ、あまり露わにはさらしがたく…恥ずかしゅうございます」
「いいじゃない。女同士なんだから」
「は、はあ…」
「あなた、いい感じよ。拭くから手をどけて」
「…」
「あら、ピンク色ね」
「きゃ」






リビングに、由花子がを持って戻ってきた。
仗助、億泰、康一の三賢人はいずれもソファにかけた膝にひじを付き、組んだ指を額にあてて表情は影に隠れ、微動だにしない。露伴だけは何事もなかったかのようにソファにふんぞり返って腕組みしている。
億泰が「よ、よう…」と錆びたロボットみたいに手をあげた。
「なによ、気持ち悪いわね」
不審はあったが、康一以外の男は二酸化炭素くらいにしか思っていない由花子であるから、たいして気に留めずにをテーブルの上におろしてやった。
「なんでドレスなんだよ」
露伴は煙たがるように顔をゆがめた。蒸し暑い六月のおわりである。は真っ赤なドレスを着ていて、袖は肩まで、スカートのすそは足首までをゆたかな曲線をえがいて覆い隠していた。
「ワンピースのほうが動きやすいってすすめたんだけど、スカートの丈が短いのが恥ずかしいみたい」
「まあ、あのシャア専用リックドムみたいな恰好に比べたら、なんだって薄着だろうけど」
それでも腕が露出しているのが気になるらしく、姫君は不安げな様子で時折腕をさすってはうつむいている。
さん、似合ってるッスよ」
ニッと屈託なく笑ってみせた仗助は、東方朋子の指導のたまものに違いない。
は「恐れ入ります」と顔を赤らめた。
ほうほうなるほどそうするのかと羨ましいやりとりを目で学び、男所帯の億泰が便乗する。
「いやもうマジにキュートッス!!チョータイプっすよ!」
「おいバカ億泰、ぼくの家で下品なことを言うな。うちの品格が下がる」
「億泰くん、セクハラはよくないよ」
「サイテー」
「な、なんで俺だけ…!」



高校生たちはその後も数時間にわたって岸辺露伴邸に居座った。
珍しい生き物が、この世のほとんどすべてのものに生真面目に驚き、あれは何かと尋ねられ、答えては初々しい反応をみせるものだから、これを楽しんでいるようだった。ジョセフ・ジョースターが来日して透明な赤ちゃんを保護したときも、この高校生たちは数日にわたり飽きもせずに赤ん坊と戯れていたという。ついでにこの家は新築だし冷房がきいているから、居心地がいいのだろう。
ここは図書館じゃあないんだぞ、と腕組した指で苛立ちのリズムを刻んでいた露伴がついに立ち上がった。
「そろそろ帰れよ。暇人の君らとちがってぼくは明日、東京へ出張なんだから」
さん、これはリモコンっていうんスよ。さっき由花子が説明した“テレビ”を操作するやつ。リーモーコーン」
「おい仗助、そろそろ持つの変われよ。次おれの番、おれの番」
「億泰、順番ぬかさないでよ。次はあたしと康一くんがふ、夫婦として、この子を養う番よ」
「帰れっていってるだろう!ヘブンズ・d」
「うるさいわね。でも、そうね。あたし今日はそろそろ帰るわ。試験勉強しないと」

学生たちの動きがピタリととまる。

「ははん、なんだ、おまえらもうすぐテストなのか」
しめたとばかり、露伴はにやにやし始める。
「うー由花子ぉ、いやなこと思い出させるなよー」
「ぼくヤバいよ。バカすぎて塾に通わされてるのに低い点とったりしたら」
「康一くんも行きましょ。一緒に勉強しないと」
「待った!由花子様!オーソンでノートコピーさせてください!」
「アンタの頭じゃノートコピーして満足するのが関の山よ」
「ヒッデ。いやだー、補習だけはいやだー。おれの17歳の夏休みィー!めくるめく青春が減っちゃう」
「心配ないわ。きっとなにも起きないから」
「んなことねえしィ!?ぜ、ぜっ、ぜってィなんかあっしィ!?たぶんゥ?!」
「億泰ぅ、何も泣くこたァねーだろー」
「え?そうね、あたしと康一くんは、その、なにがあってもおかしくないけれど」
「んなこと聞いてねーよ」

億泰と由花子のドツキ漫才は玄関まで続き、ドアを開けるとなまぬるい夕方の風が吹き込んだ。仗助は自分の手のひらに乗せたままだったを一度見て、それから露伴をチラと見た。
「露伴先生お邪魔しました」
「ああ、邪魔だった。康一くん以外二度と来るなよ」
、ほかの服もあげるから好きに着替えなさいね」
「なにからなにまで有り難う存じます、由花子さま」
康一、億泰、由花子が玄関を出て行ったのに、仗助だけは居残っている。を露伴に返すために残っているのかと思い手を述べてやったが返そうとしない。
なんなんだよ、と玄関の上からきつく見くだしてごく短いガンのツケ合いだ。いや、仗助は特に睨んでいるということはない。いつもそうだ。こんなナリで、仗助は自分からはケンカをふっかけない。だから露伴ばかり悪者に仕立て上げられる。
そういう態度がひどく気に入らないのだ。

「なあ露伴先生」
「なんだよ、東方仗助」
「あした出張って、泊りってことスか」
「そうだけど、なんか文句あるのか」
「どーすんの」
「なにが」
さん」






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