億泰とともに登校し、下駄箱で康一をつかまえ、ついでに由花子もついてきて、理科準備室で緊急作戦会議が開かれた。
議題は、仗助のポケットから「おはようございます」と顔をのぞかせたお姫様について。

「な、なんで連れてきちゃったんだい?たしか仗助くんちお母さんのほうが早く出て遅く帰ってくるから、その間家に置いておくんじゃ」
「それがよー。今日にかぎってお袋が午前中休みで午後出勤とか言いだしてよおー」
仗助はやや乱れたリーゼントをかかえた。
意識してしまいほとんど眠れなかったうえ、朝の混乱でドッと疲れていた。
「まあ、ほかの連中にバレなきゃいいんだろ。ガッコでもなんとかなんじゃね?気を付けてれば」
「そうだね。ぼくも協力するよ」
「康一くんがそういうならあたしも全力で協力するわ。あら、あなた今日はワンピース着てきたのね。着てみるとその丈もヘンじゃないでしょ?」
「由花子様にあたらしい着物をいただいたおかげさまで、とても動きやすいです」
「あの赤いドレスだとポケットからはみ出しちまってたから着替えてもらったんだ。ところでさ、うち五、六時間目体育だからその時間だけかわってくんない?」
「預かってあげたいけどぼく席が一番前だから危ないな。由花子さんはどう?」
「仗助のC組とうちのD組は合同体育なの」
「あ、そっか」
「んじゃおれ工芸だからあずかんよ。粘土焼くだけだから焼き窯に入れたらそのあとウロウロしてていいんだっつう話だし」
じゃあ受け渡しと作戦会議二回目をやるために昼休みに一度、屋上に集合。そう決まった。
ポケットから顔を出しているは委縮している。自分が迷惑をかけていると理解しているのだ。親戚に押し付け合いをされる孤児を見るようで仗助は心が痛んだ。言い方を考えるべきだった。

「くウー!なんかこう、わくわくするな!」

億泰が明るい声を上げた。
「おれたちしか知らない秘密を守るっつーの?なんつうかそういうのいーなー!たっのしい!」
「そうだね、ちょっと使命感あるよね」
「…一時間目から四時間目はおれがさん預かんだ。いーだろー」
くそー!うらやましいぜと億泰が本気で吼える。
いつもはうるせーぞというところだが、今日は(もっと言え億泰!)と思う。
これでの気持ちが少しは楽になるかも知れないのだから、虹村億泰という男はいつも思ってもみないところで活躍する。



一時間目:数学Ⅱ
二時間目:日本史
(早弁)
三時間目:現代文
四時間目:地学
(昼休み)
五、六時間目:体育(合同)

それが2年C組出席番号22番、東方仗助の今日の時間割だ。
席はくじ引きで窓際一番後ろをひきあてたから、自由気ままである。
クラスメイトに見つからないよう気を付けつつ、は学ランのポケットから教室の景色を興味深く見つめている。
教科書、奥のほうではプリントがぐちゃぐちゃになっている机のなか、カバンをひっかけるフック、まわりの生徒、チャイム、黒板、ビヨンビヨンと音を立てるうちわがわりの下敷き、白いカーテン。外では康一のクラスがサッカーをしている、その声がする。
瞳が輝いている。たまにポケットのなかでもぞもぞして腰のあたりにさわられるのも不快でなく、むしろ愉快だ。
「仗助、なにニヤニヤしてんだ。次地学、移動ォー」
クラスの連中に呼ばれ、自分が教室の最後のひとりになっていることに気が付いた。
「おー、ぼーっとしてたわ。あんがと。さき行って」
机から地学の教科書と資料集、ノートを引っ張り出す。
さん、これから階段歩きますからちょっとだけ我慢してポケットのなかにしがみついててくださいね」
無人の教室でポケットのくちをあけて中に声をかけると、は声には出さずにこくんとうなずいた。よしよしと頭を人差し指のはらで撫でて、仗助は教室を出た。



「いま説明した分け方だと、月は分類上、惑星ですか、衛星ですか。惑星だと思う人、手をあえげて。あれ?いない?ほんとにー?じゃあ衛星だと思う人。…こっちは何人か。手あげてない人いっぱいいますけど、そうですね。衛星です」
今日の内容は試験範囲外だと先生が最初に宣言してしまったことで、クラスの大半は寝ていた。それでも地学の先生はほぼ宇宙マニアみたいな人だから、寝ている人がいようがいまいが滔々と宇宙について話し続けている。
授業の後半はテレビでやっていた月のドキュメンタリーでいいのがあったと言って、電気を消してビデオを見せ始めたものだから、クラスの四分の三までもが陥落してしまった。先生も寝ている。
仗助も眠気に襲われ、うつらうつらとし始める。ノートへ書き込むふりをするため頬杖し下を向くとの艶のいい髪が映った。
はじっとビデオを見ていた。

我々が住む母なる地球の唯一の衛星。隕石衝突の穴ぼこだらけの白い星に大気はほぼなく、実質は真空である。歩き回る生物はいない。穴ぼこは実際その間際に立てば崖である。表面温度は昼は110度、夜はマイナス170度。

ドキュメンタリーのナレーションは「この星は死んでいる」と静かな声で言った。












「仗助様、仗助様」
「ん…」
制服をくい、くいと引っ張られ目を覚ました。机に突っ伏していたせいでちょっとつぶれたリーゼントを整えながら周りを見渡すと、地学室は仗助ひとりになっていた。
先生もいない。
電気も消えている。
時計を見上げた瞬間チャイムが鳴り響いた。
五時間目の予鈴だ。
「うっそ!」
おれの昼休みどこいった!
五時間目体育だ!
飯食ってない(早弁したけど)!
なにかの間違いだと信じたくてポケットからケータイを取り出すとだった。
「うおおっ」
昼休みに約束した秘密会議との受け渡しを忘れていた。
本物のケータイは教室に置いてきてしまった。
の体をぎゅっと握ってしまった。
や、やわらか
「って違う!さんスンマセッ、えと、あの、走るッス!」
そうっとポケットにおさめて手のひらでの位置を押さえ、仗助はジャージをとりに教室へ駆け戻った。
当然教室はもぬけのからである。ケータイをちらりと見たが、着信が10件も入っていた。きっと億泰や康一が昼休みに仗助を探していたのだろう。最短最適ルートを計算する。
よし、着替えて外に出るときに工芸室のほうをまわって億泰に預けよう、それしかねえ
仗助は更衣室へダッシュした。
学ランを更衣室の棚に押し込み、大急ぎで着替える。
「ぁ」
学ランからこぼれて棚の上に滑り出たが目を覆うのを見た。
「わ!わわ!す、すみません!でもあの、ちょっと緊急事態なんでっ」
ファンキーな色のボクサーパンツを目撃されてしまった。恥ずかしさと蒸し暑さと走ってばかりの教室移動で、体育の前から汗だくだ。
青と白のギンガムチェックワンピースを着た可憐な乙女をジャージの上でくるんで、渡り廊下から上履きのまま外に飛び出す。目指すは工芸室!

「東方選手、何やってんだ。今日は体育館じゃなくてサッカーだぞ」

生徒の苗字に「選手」を付けて呼ぶ、体育教師である。






「じょーすけェ、おまえいつまで地学室で寝てたの?」
まわりの男子がケタケタと笑う。
授業に遅刻したうえ先生に校庭へしょっぴかれてきた仗助は整列する連中からいい笑いものだ。
「おめーらなあ、起こせよなー。おめーらのせいで大変なことになっちまったんだから」
「えーオレらもう三時間目のおわりの時に一回起こしてやったもんなあ?そんなに眠いなんて昨日の夜中ナニやってたんだよーウシシ」
「そーだぞ仗助。お盛んなのもほどほどにしないとさ」
「コラー!そこ、まじめに準備運動やれっ」
ついにを億泰に預けることができないまま準備運動が始まってしまった。
その間も朝礼台の下に置いてきた長袖ジャージが気になってしかたがない。
ほかの連中に見つかりはしないだろうかという心配と、あのジャージこの前持ってかえったのいつだっけ。くさかったらごめんなさい、ごめんなさい!という心配からだった





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