明滅による刺激
心電図
エコー
脳波
MRI
CT
エトセトラ、エトセトラ
説明を受けたがどれも完全な理解には至らぬまま二日目の検査が終了した。
いつまで続くのかと唯一言葉の通じる日本人に尋ねたが、うろんな態度で答えはついに聞けなかった。
承太郎の姿は見えなかった。
牢に戻された時間が昼であるのか夜なのか、密閉された船内では定かではない。
ゆうっくり、揺れ続ける感覚も気持ちが悪い。
気を紛らわすためには露伴の漫画を開いた。
何と書いてあるかわからないけれど、絵はわかる。
ぞっとするような絵がたくさんある。
しかしもう見ていられないと本を閉じることはないのが自分でも不思議だった。
日常的な穏やかな描写もあるからだろうか、あるいは書いている本人を知っているからだろうか。
きっとこのおぞましい場面は読む人を怖がらせてやろうと喜び勇んで書いたのだろうと思うと、怖がってしまった自分はしてやられたのだと悔しさよりもおかしさが先に出る。
もっときちんと読みたいと一枚目に戻って一文字ずつ指でなぞる。
ねん、もはや、かげつが…
読める文字はごくわずかで意味までは読み取れない。
もう一枚、戻った。
「…きれいな色」
表紙を見つめていると、表紙の主人公が水の奥ににじんだ。

こんなに早くもうだめか

表紙の主人公がバカにするように尋ねる幻聴が都合よくきこえた。
まだ大丈夫です
は濡れはじめていた目をこぶしで強くこすった。
主人公の声は露伴の声だった。



検査三日目、はこれまで我慢をしていた悲鳴をおさえきれなかった。
体の中を熱が走る。
皮膚を裂かれるような痛みが駆け巡る。
自分の体が自分のものではないように跳ねたのを見た。
激しく鋭い痛みを伴うのに血の一滴も流れない。
知る名をすべて叫んだ。
なぜと無人のくろがねに問うた。
命乞いもしたかもしれない。

どこで気をやったかわからないまま寝台で目覚めた。
あれほど痛かったのにどこにも怪我は見当たらない。そのかわり手のひらにあったはずの絆創膏が無くなっていた。
あの痛みはなんだったのか、何のために、どうしてあんなことをされなくてはいけないのか。枕の下に隠していた漫画を両手で持って、表紙を見つめると力加減のおかしくなった手が本をたわませる。
放さなくては
そう思うのに、体がいうことを聞かない。
全身を痙攣させたあの熱のせいだろうか
は自分の首にまかれた冷たい金属に触れた。
まさか、 逃げたり、指示に従わないときにはまたあの痛みがここから走るのではあるまいか。
首輪に指をかけ渾身の力で引っ張った。
「ぅあっ!」
頭の中で革が引きちぎれる音を聞いた。
痛みが治まるのをうずくまって待ってからおそるおそる見てみれば、震える指先が真っ赤に変色して、皮膚がへこんでいる。
錠の上がる金属音を聞きは虫のように壁ぎわに身を寄せた。
扉が開き、白衣の男たちが入ってくる。
「今日の検査をはじめます。こちらへ」
「…今日は、もう終わったのでは」
男はあぶらぎった鼻ですべるメガネを神経質にずりあげて、をこれまでと違う目で見下ろしている。
「なにを言っている?もう朝だぞ、こっちの時間でわざわざテストをしてやっているだけあ、ありがたく思えよ」
口調も違う。日本語を理解できないまわりの男たちは気づいていない。
「いいから立てよ。ま、また高電圧で痛がりたいのか?んん?」
突然鼻息を荒くしての手首をつかんだ。とっさに振り払うと男の鼻の下がひくりとはねた。
「この…化け物のくせにっ!」
乱暴に手首をつかみを壁際から引きずり出そうとする。本を取り落したが再び男の腕を払って本に手を伸ばすと、その後ろ髪がつかまれた。
「あっ!」
言語は通じずとも、さすがの凶行をみかねた周りがその日本人との間に慌てて割って入り、日本人は体躯のいい別の研究員に部屋の外まで連行された。一緒にいたほかの研究者たちも彼の行動に動揺を隠せない様子だった。
ベッドの足にすがるに、碧眼の男が屈んで、子供にするように背をとんとんと叩いた。かけられた異国の言葉はきっといたわりの言葉であろう。
「…」
もっと怖がるふりをしてこの男の胸にもたれて甘えたらと、薄暗い考えがうつろな頭をよぎった。

(心細いからといって)

主人公の声がした。

肩を抱いてくれた男の手から離れ、寝台に手をついては立ち上がった。
うすい襟をただし、ずいぶん集まってきていた研究員たちを見渡してゆっくりと目礼する。
やたらと誇り高い、かの人の振る舞いに倣ったのである。



この努力をあざ笑うかのように、この日、の腕に注射されたのは自白剤だった。
きのう杜王町はめでたく海開きを迎え、ぶどうヶ丘高校は夏休み前の最大の関門、期末考査二日目を迎えた、まぶしい夏の日のことだった。



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