「仗助、ウォーターベッドだぜ!ウォーターベッド!おまえも寝て見ろって」
「億泰ゥ、まじめにさんのベッド選べよなー」
「やっぱりシングルサイズのシックな感じかな?」
「おれァ思うに、こう、ふかふかふわふわーとしたヤツがあってると思う」
「グフゥ!なんか女の人が寝るベッド選ぶなんてドキドキするな!」

カメユーデパート8階家具売り場で仗助、億泰、康一はうふふと顔を合わせて笑いあった。

「なんつーの?こう、おれと寝てちょうどいい感じ選ぶべき?なんちてな!ダハッ」
億泰がごろんと大きなベッドに横になり、エア腕枕をしてイイ顔をしている。
さんでヘンな想像すんのやめろし」
「えー、だってよォ、想像しないでいられるかよー。オ!次あっち見てみよーぜー!」
「勘違いするなよ貧乏学生ども。出資者はぼくなんだ、決定権はぼくにだけある」
「これなんかいいんじゃねえ?上からカーテンみたいのかかっててお姫様っぽいし」
「お、おう…なんかいいな。お姫様っぽい」
「話聞けよ。だいたいそれはただの蚊帳だ。どこがお姫様なんだよ。こっちのほうがお姫様っぽいだろ」
なんだかんだでノリノリな露伴も含め、康一は苦笑で見守る。
「なあ露伴先生、でっかい家具も必要だけどさー。ごみ箱とか時計とか、日用雑貨みたいのもそろえたほうがいいよな」
「そうだけど、さっきから何度も言っているようにぼくの家でぼくが金を出すんだから、決めるのはぼくだぞ」
「いいこと思いついた!オレ、工芸の授業で作った壺あげますよ。ニス塗り忘れて減点されたけどこう、テカっとしてないとこが逆に渋いっつうか、ちょうどゴミ箱くらいの大きさだし」
「断る」
「露伴先生だって見たらびっくりするって!だっておれ工芸の先生にニスさえ塗り忘れなきゃ5くれるって言われ」
「やだね。おまえのチンポいじった手で作られたものがぼくの家に運び込まれることがまず我慢ならない」
発案したときの笑顔のまま億泰が涙ぐむ。
よしよしとその背を仗助が励ました。
「じ、じゃあ絵画なんでどうかです!」
剣呑な空気をどうにかしようと大げさな明るい声で康一が人差し指をたてた。きょろきょろと家具フロアを見渡し、「ほらアレ」と絵画コーナーを指して駆け込む。
「ほら、この小さいネコちゃんの絵なんてどうです?女の子っぽくないですか?」
康一のうえから億泰、仗助、露伴が覗き込む。絵の表題は「タマ」とある。
「えー、おれの壺のほうが芸術的だぜ?康一」
「ウゲ、こんなで15万もすんのかー。絵ってホントわかんねーわ」
「ぼくのほうが上手い。第一ぼくは猫が嫌いだ」
場を和ませようとしただけの康一の笑顔もひきつる。ともすれば「康一くんがせっかく提案してくれたのになんてこと言うのよ」と三人の首が絞め上げられそうだが、由花子との女性組は別行動をしている。
向こうでまた言い合いを初めて今にも店員に注意されそうな億泰たちから少し離れ、康一はデパート中央のエスカレーターゾーンを見下ろした。



決して男が立ち入ることのできない、秘密の花園に彼女たちはいた。
「お客様、開けてもよろしいでしょうか」
「な、なりませぬ」
「いいじゃない、開けるわよ」
二度目の「なりませぬ」という制止を気にせず、由花子が一気にカーテンをひいた。
は試着室の角にこれ以上ないほど身を寄せて、由花子たちに背を向けている。その肩から腰にかけては素肌が露わになっており、肩甲骨のあたりに一すじだけパステルピンクの布がぴんと張っている。
「かわいいじゃない。それにしなさいよ」
のヒアリングによるところ“ぶらじあ”の試着室である。
恰幅のいいベテラン女性店員はホホホと笑いながらの背後にサッと迫り、「お胸の形をととのえますね、失礼します」と言うや流れるような動作で怖気づくの胸とブラジャーの間に手を滑り込ませた。
「ひゃ」
色気のない声を上げ、口をわななかせてぷるぷる震えるの胸をすっきりとブラにおさめると、店員は「いかがです?」と一仕事おえた女の顔をして額をぬぐう。
「これで1カップくらい上がりますからね」
「かっぷ…?」
「カップというのはお胸の一番高い部分とアンダーのここ」「ひゃ」「との高低差を表す値ですよ」
相手が女性とはいえ、見知らぬひとに乳房を触られるのはにはなかなかに勇気がいることだった。由花子がたいして表情変えずにこちらを見ているのから察するに、こちらの世ではこれくらいはなんともないことなのだろう。同性であるし、確かに自分が驚きすぎなのだ。そう思い無理やりに納得させた。
「どう?デザインも大切だけど、やっぱり付け心地が悪いといやでしょ」
「は、はあ…」
はほぼ半裸で自分の胸を見下ろした。肩が軽くなり、乳房はふっくらと丸く形作られ、そして
「谷間です…!」
船長!島です…!と同じ調子で新大陸を発見したがごとく由花子を振り返った。
「フフ、それで先生もイチコロじゃないかしら。康一くん離れをさせるためにもアピールするのよ」
「いちころ…」
は半裸のまま深く考え込む。
これで露伴を悩殺できるのかと思い悩んだわけではなく、単にイチコロの意味が分からなかったに過ぎない。意味を考えるうちにまた胸元に誕生した谷間に目をおとし、それを包む繊細な刺繍にも感動した。
うっとりした目をするを見、由花子は店員に声をかけた。
「これ買います。、このあとあと3、4個選ぶから」
「セットのショーツはいかがなさいますか。こちらのブラジャーでしたら、Tバックのタイプと、こういったスタンダードなタイプとローライズがありますけれど」
3つのうち真ん中のものはにも見覚えのある形だ。小さいサイズだったころに履いた覚えがある。しかし、1番目に紹介されたものは褌の布をきわめて薄く、限りなく細くした形状で、ひと目ではどのような役割をする布か見当がつかない。
「あら、お客様片思いしてらっしゃるの?それでしたらTバックで体にピタっとしたお洋服をお召になるのもいいんじゃないかしら」
「そうね、でもこの子のイメージじゃないわ。ローライズがいいんじゃないかしら。夏だし」
由花子のおすすめは三番目のものである。長方形に近い形をしているが、一番よりは布もあるし、ここに尻がおさまるのだろうと想像がつく。夏との関連性はよくわからない。
「由花子様がそうおっしゃるなら。ろーらいずにします」



カメユーデパート4階ランジェリーショップでブラ3着、ショーツ5枚を購入した。
「康一くんたちはまだ家具売り場みたいね」
仗助が持っていたのと同じような形の“ケータイ”を覗き込み、由花子がつぶやく。
由花子は康一と疑似新婚家具選びがしたくてついてきたわけだが、この状況をなかなか楽しんでもいた。世の中には二種類の人間がいて、自分のための買い物だけが楽しい人間と、人のかわりに人の財布で買い物をしてやるのが楽しい人間とに分かれる。由花子は後者で満たされるタイプで、特に、自分の見立てで相手に似合う服を選んでやるのはたとえ相手が康一でなくても、心の躍る作業だった。
「それじゃあ、そのすきに次は服へ行くわよ。何系の服が好き?」
コンシェルジュ由花子の導きは続く。
「何系とは」
「このデパートの中だと、そうね。ブランド系だったらGUCCI、ファイヤラット、ラルフローレン、あたしたちくらいなら人気あるのはPageboyとかNICE CLAUPとかAs know asかしら、ギャル系もあるけど、あなたってそういう雰囲気じゃないし。大人っぽいところならUrban Research、ユナイテッドアローズ、ああ、お出かけ着よりまずはユニクロで寝間着買わないといけないわ。いらっしゃい」
たくましく頼りがいのある由花子の後ろを、は新妻のように従い歩いた。

見えるデパートの景色は眩暈がするほどまぶしいが、同時に色とりどり、形も多様で目に楽しくもあった。露伴に貸してもらった服だからあまり文句を言ってはいけないが、由花子をはじめ、客としてこの建物に足を運んでいる女性たちはみな自分のサイズにあった服を着こなしていて、だぼだぼの服を折り曲げてきている自分がガラスに映ると、どうしても不格好である。
長すぎる髪も、由花子に手伝ってもらって何とか編み上げたものの
「あっ」
の体はどんと弾き飛ばされた。はきなれないビーチサンダルでは踏ん張れず、つやつやの床に転んだ。

「も、申し訳ありません、よそ見をして」
「美しい」
「え」

立ちあがろうとしたとき、その手を取られぐいと持ち上げられた。
学生服を着た派手な顔だちの男である。
「大丈夫?お穣さん、怪我はない?」
は腰にも手をあてられ、握られていた手を引きもどそうとするが、思いのほかがっちりと掴まれていてはずれなかった。腰にそえられていた手がするりとその位置をさげて、尻まで迫ったところでは思わず「露伴様!」と悲鳴を上げた。
「あ?露伴??」
片方の眉をぴくりと上げた男の顔が、の視界からぱっと消え去る。
おそるおそる足元を見てみると、の手をつかんでいた男は床に這いつくばってピクピクしていた。倒れた学生服の腹の上に康一のエコーズが座している。
さん!」
エコーズ・アクト3に次いで康一、ではなく仗助がものすごい勢いで駆けつけ、を自分の後ろにやると潰れている男との間に割って入った。
「この東方仗助が来たからには安心してください。やい、そこの不良、この人に手ェだしたらこの仗助くんが黙っちゃいねえぜ」
「だれが、不良だ…、この野郎…おまえのほうがよっぽど不良ヅラ、してんだろうが…!」
「ん?その声は」
エコーズから解放された男が鼻血を拭きながらむくりと起き上がる。そのアゴにH☆Sの刺青を見た。
「噴上!?」
「イッテー、今年のおれの抱負はふたつで、そのうちひとつは入院しないことなんだから、気をつけろよな」

噴上裕也、彼もまたスタンド使いである。
暴走族で事故を起こし大けがを負っていた時、相手の生気を吸い取るスタンド、ハイウェイ・スターを使って仗助と露伴をギリギリまで追いつめたのがこの男だ。その後康一や仗助の母親を守るため共闘し、仗助とは和解を果たしている。
さきにエコーズだけ飛ばせた康一、億泰も、駆け寄ってきた。
露伴だけはゆったりとまだエスカレーターで移動中である。
「悪ィな。ナンパかと思ってよー。いつもの取り巻きはどうしたよ。あ、あとおまえここでは名前黙っとけよ。露伴がすぐそこにいるんだ。見つかったら報復で何されるかわかったもんじゃねー」
「マジかよ、あいついんのか。ちょっと仗助おれのこと隠しとけよ、まだあいつには顔と名前割れてないんだからな。そいやその子、いま露伴さまって。いったいどういう関係だ?」
仗助は急にむっと唇を尖らせ「どういう関係でもねーよ」とぼそっとつぶやく。
「じゃあ奥さんでも、恋人でもないんだな?」
「バ!そんなわけあってたまるかっ」
「じゃあちょうどいい!」
噴上はピッと姿勢をただし、首に巻いたリボンをきゅきゅっとしめなおすと仗助を押しのけの正面に立った。そして手をとる。
「実は、オレの今年の抱負の二つ目は、あんたみたいなたった一人の女と出会うことなんだ」

「おーい露伴センセー、ここに噴上のヤローがいるぜー」

エスカレーターからぐりんと露伴の首がこちらを向いた。
「仗助貴様!」
噴上は、“控えめに言ってもミケランジェロの彫刻“と自称する顔を手で覆い隠し、「覚えていろよ!さん、いつかまた必ず!」と叫びながら遠ざかっていった。



がついて来ていないと気づいた由花子が戻ってきたころには、あたりに人だかりができていた。
噴上、億泰、仗助の風体を見てヤンキーのケンカか?と汚いものを見る目を向けている人もいれば、の可憐なたたずまいに目を奪われている者もいる。あるいは岸辺露伴の顔を知っている中学生が「あー!ピンクダークの少年の作者だ!」と指さす。

スタンド使い御一向は一時撤退を余儀なくされた。



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