「まあいいんじゃね?ひととおり、家具は買えたし、あ、これうまいぞ仗助」億泰は帰り道で露伴に買ってもらった焼き鳥を豪快に串から引き抜き頬ばる。
「でもよー、あ。確かにこれうめえな。さん服買えなかったんだろ」仗助は両手に三本ずつ串を持ってひたすら食べている。
「そうね。下着は買えたけど」由花子は彼らよりははるかに上品にレバーを食べている。
「下着…」と康一がつぶやいて顔を赤くすると「康一くん!」「なんでもないです!」と恒例のやりとりがあった。
「彼女を不用意に外に出すべきではない。家の中にいる分には先生の服でかまわないだろう」と両手に四本ずつ焼き鳥の串を持っているのは承太郎である。

「なんであんたまでいるんだよ…」

露伴は自分の家のリビングでうんざりした声をあげ、「麦茶がはいりました」とが人数分のカップをお盆にのせてキッチンから出てきた。笑顔のわりに細い腕がぷるぷるしていたところを仗助が迎えに行ってお盆を譲り受ける。
七人もいるとさすがににぎやかだ。
彼らは親切にも、たいへん親切にも、このあともこの家に居残って即日配送指定で15時に届いた家具を屋根裏に入れるのを手伝った。
組立式ではないベッドとマットレスなど、いったいどうやってあの小さな正方形の出入口から運び込むのかと、彼らを知らない人々はそう思うだろう。
階段の上で億泰がベッドの上を支え、階段の中ごろで 上着を脱いだ承太郎がベッドの下を持ち、仗助が「ドラララァ!」と天井を粉砕する。

これを一階の吹き抜けから見上げていた露伴は、の横で舌打ちした。
「ベッドを壊して屋根裏で再構成する手もあるだろうに、気軽に人の家を壊しやがって。あのバカども」
隕石でも振ってきたような天井の大穴は直されるとわかっていても家のあるじにとっては面白いことではない。
自分の部屋の家具のことだ、はなんとか彼の機嫌を回復させたい。
「素敵な寝台です」
「…まあ、ぼくが選んだからね」
「今日からあれをわたくしが使ってよいのだと思うと、夢のようです。ありがとうございます露伴様」
「ふん」
少しは機嫌がなおったろうか、と横目で見ると目があった。
「なんだよ」
「いえ…あの、わたくしむこうで手伝いをしてまいります」
「ばか」
ばらばらと天井の破片が落ちる階段をあがろうとしたところ、襟を後ろからつかまれ引き止められた。
「あんなのは筋肉しかとりえのない筋肉さんたちに任せておけばいい。君はあっちだ」
方向をかえられた一階リビングでは、康一と由花子がふたりで小さな収納ケースを組み立てていた。説明書を見ながらあーだこーだと楽しげである。
は笑みをこぼした。
「いいえ、露伴様。あっちへ行くのは上へ行くよりいけません」
「なんでだよ?」
「なんでもです。わたくしは家具を包んでいた紙をまとめてまいります」
かくして、たくさんの助けを借りながらの部屋作りは予想以上の速度で進み、二時間もしないうちに購入した家具はすべて屋根裏に収納された。屋根裏で家具の位置を整える間に仗助が3回、億泰が5回、承太郎12回天井に頭をぶつけたことを除いて、無事作業を終えたのであった。





家具がそろった屋根裏部屋を正方形からはじめて覗き込んだは梯子を降りてきて、廊下にへなへなと座り込んだ。そこで指を付き、待っていた仗助、承太郎、億泰、康一、由花子に頭をたれた。露伴は仕事部屋にこもってしまったようだが心だけは彼にも向ける。
「いいって」と億泰は照れ隠しに笑うが、はどうしても立ち上がれず、頭もあげられなかった。
覗き込んだ部屋の家具に感動したばかりではない。
この部屋が出来上がるまでの彼らの助けに立ち上がれないほど心を打たれたのである。
「有難いことです、有難いことです。ほかになんと申し上げればこの御礼を言い尽くせるか、知らぬこの身の無知をお許しください。いただくばかりの御恩を返せるよう精進し、いつか必ず、あっ」
「よっ、と」
突然仗助のスタンドがの脇の下に手を入れて、を廊下に立たせた。
さん、おれ思うんスけど」
「…」
「そーいうときは一言ありがと、っていえばOKッスよ」
ニっと歯を見せ笑った仗助のうしろでは、そろい踏みの面々がにんまり笑って「そうそう」とうなずいていた。承太郎だけはくいと帽子のつばを下げただけだが。
クレイジー・ダイヤモンドが離れるとはうすく開いた唇のはしからこぼすように「あ…」と言った。
言葉が続かない。
熱をはらみだした吐息を整える。

「ありがと」






皆が帰ったあと、仕事場から出てきたところで露伴を捕まえ、めんどうくさがる露伴を屋根裏へ連れてきた。
今日のうちにもう何度も往復した梯子を少女らしい軽いリズムであがり、露伴が正方形から顔を出すのを正座で待った。
顔を出した露伴は第一声に「うわ」と言って眉をしかめた。
露伴は正方形から胸まで出して、足をはしごにひっかけたまま床に肘をつく。

「だからぼくに全部選ばせろっていったんだ」

たしかに、四人の男の意見が混ざり合った結果、そこは統一感のかけらもない部屋に成り果てた。それでもはうれしかった。
ベッドの上に鍋蓋みたいな円盤を天井から吊るして、そこから透き通る幕が垂れている。エアコンをつけることができない屋根裏では夏場に窓を開けておくことも多かろうと、お姫様用のとばりこと蚊帳が採用されたのである。
真っ白のシーツにかぶさる夏用の毛布にはやや子供っぽいウサギが餅つきをする絵柄がプリントされている。女の子の”かわいい寝具”に頭をひねり、男たちが絞り出した結論がこれである。
賛否両論あろうがは賛を示した。
ローテーブルにデカデカと描かれたミッフィーもまた、賛否両論あろう。康一が選んだ衣装箪笥は軽いポリプロピレン素材で若者に人気の商品である。積み重ねもできるんですよ!と勧められ「康一くんがそういうなら」と、露伴はとんでもない金額の箪笥を買おうとしていたのを取りやめた。
そしてもうひとつ、
を喜ばせたのは鏡台である。仗助が選んだというそれは、時代劇にでてくるようななんの飾り気もない、しかし洗練された鏡台だった。
洋風の家には似合わない。
「こう使うのです」
は鏡台の前に移動して、長い髪をプラスチックのコームで梳いてみせる。
「…そのクシはどこから出てきたんだ?」
「承太郎様がくださいました。お宿にあったものだそうです。この“歯ブラシ”も」
「食事をしない君に、歯ブラシがいるのか?」
そういえばそうだ。
「そんなことでイチイチ落ち込むなよ」
露伴は屋根裏に乗りあがってきた。窓から外をのぞき「なかなかいい景色だ。さすがぼくが選んだ家」などと言っている。
それからおもむろに帳をかき分け、新品のベッドにごろんと横たわった。
「…シモンズ、です」
はおちついた声で言った。
買ってやらないと言われたのにさっき寝心地でわかった。
「贅沢ものめ」
「ありがと」
「なんだ?」
「なんでもありません」
「…まあいいけど。あーようやく静かになった。せいせいする。君もはやく風呂入って歯磨いて寝ろよな」
「では、湯殿に行ってまいります」
「ん」
短く返事した露伴はのベッドのうえであおむけに目を閉じていた。
疲れているのだろう。今日もまた露伴の家を騒がしくしたのは自分が原因だという自覚があるから、見とがめることもなくは床で一礼ささげて梯子を降りた。

素敵な一日だった。

かみしめながら買ったばかりの下着を持ってバスルームに向かう。
服を脱ぐと全身鏡にくっきり裸身が映るのがなんとなく恥ずかしい。歯ブラシと下着を脱衣所に置いて足早にシャワーの前に立つ。シャワーの使い方ももうわかった。露伴が身を以て教えてくれた。思い出すとまだすこし楽しい。
この先に不安がないと言えば嘘だけれど、束の間、降り注ぐ水滴に体と心を預けよう。
はうえを向き、目を閉じた。

「きゃあっ!」

バスルームから聞こえた悲鳴に岸辺露伴はのたうちまわって喜んだ。
「カーカッカッ!!ひっかかった!ひっかかった!よくも昨日は人を水浸しにして笑ってくれたなぁ!この岸辺露伴の恐ろしさ、思い知ったかっ!」



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