は迷った。

願いの短冊に書きたい言葉があるが、書き方がわからない。
見渡せば、仗助たちは皆真剣に書いていて、ちょっと声をかけられそうになかった。露伴はしばらく前から見当たらない。

あちこち見回した景色の一角に、白いコートを見た。

少しはなれた壁にもたれかかってこちらを見ている。しっかり目があってしまいからそらした。
監視だろう。
得体のしれない“紙と塗料”が人間に悪事をはたらかないか、見定めているのだ。
短冊を握る手に力がこもる。
はゆっくりと前を向いた。
息を胸いっぱいにすいこみ、草履を強く一歩、承太郎のほうへ踏み出す。
「こんばんは」
正面に立ったが、空条承太郎は応えない。
仗助に似た美しい色合いの瞳に張り合うようには両の眼をかっと開いて立ち向かう。
「畏れながら、お願いがございます」
承太郎は応えない。
しかし帽子のつばがわずかに上を向く。
「ぴんくだーくの少年と書きたいのですが、正しい文字がわかりません。書き方を教えていただけないでしょうか」
「…」
無言のにらみ合いではほとんど虚勢だった。
空条承太郎はを得体のしれないものだと警鐘を鳴らした人だ。あの船へ連れて行った人だ。露伴の、頼みにしろとの言葉に相反し、助けの手をくれることもなかった。
けれど、シモンズのベッドを運んでくれた。
「なぜおれに言う」
「…得体の、知れなぃ」
視線に気おされ喉が震えた。
心に鞭打ち奮い立たせる。

「得体が知れないなら、知っていただけたなら、と」

「…」

「…」

まわりの雑音すら掻き消すような沈黙のあと、承太郎がドンとに一歩迫った。
思わず身をすくめたを無視して承太郎は通り過ぎた。
承太郎への恐れはこのさきも続く。
承太郎からの忌避もまた。
伏せた睫の奥で縮こまった草履の足を見つめた。

「短冊は」

低い声に弾かれ振り返る。
承太郎は長テーブルの前で立ち止まっている。
驚きのあまりよろよろと、しかしこの機を逃すまいと早足にはテーブルに戻った。
「なんて書くんだ」
承太郎にはそのテーブルが低すぎたのか、それとも優しさか、屈んでと視線の高さを合わせた。
の頼んだ願いの言葉が、お手本として赤い折り紙の短冊に書かれてゆく。
彼の内ポケットにあったボールペンで書かれた細い線は、承太郎の見た目からは想像できないほどきれいな文字だった。

その細い線の上を、の緊張しきったプロッキーが慎重になぞる。
「でき…ました」
最後の一画を書き終え、見てとばかり承太郎を見上げた。うれしさのあまり仗助や露伴にするテンションでやってしまったが、相手を間違えたとは見上げたまま青ざめる。
その承太郎がふっと笑ったように見えては自分の目を疑った。
まばたきしたらもう承太郎はいつもの顔に戻っていたから気のせいかもしれない。
「どこに吊るすんだ?」
「ぁ、はい。笹に」
袖をおさえ、頭上でサラサラ鳴る笹の葉を指さす。向こうにいる脚立のおじさんに渡すと取り付けてくれるようだ。
「届くか?」
「え」
脇の下に手をいれられ突然2メートル超の位置までもちあげられた。
落ちそうで身をよじることもできず、高高度で硬直した。
大きな手のあたる脇の下がぞわぞわする。
「これで届くか」
「ヒッ」
が笹に結ばないのを高さが足りないからと思ったらしく、さらに高さがあがった。
はガタガタ震えながら(これは承太郎様のご厚意!)と心に言い聞かせ、近くの笹にぎゅっと短冊の紐を括り付けた。
地上に降ろされたところで「ああ、係のやつがいたのか」と脚立おじさんに気付いた承太郎がつぶやく。
「あ、ありがとうございました…」
「いや」
承太郎は帽子のつばをわずかに下げる。

「じょじょじょ承太郎さんっ!なん、なにやって」

仗助が血相かいて寄ってきた。
「い」「いま」「だ」「だっこ」と途切れ途切れに言って承太郎とのあいだに視線を往復させ、呼吸困難に陥っている。これに続き「あ、承太郎さん、来てたんスか!かわいい高校生にジュースおごってくれませんか」と億泰、康一と由花子もやってきた。
「承太郎さんこんばんは」
「ああ」
さん、なんて書いたの?」
億泰は真上を見上げて嬉しそうにどれだどれだと探し出す。仗助も見上げる。なんとなく気恥ずかしくはどれとは言わなかった。
「億泰、願い事は秘密にしておくものよ」
ぴしゃりと一言で助けた由花子にはしびれる。
「そーいうもんなのかぁ。まあ、こんだけありゃあ誰が誰のかわかんねーなあ」
つられても上を見上げる。
夜を天井に、色とりどりの願いの短冊は数えきれないほどひらめいていた。






高校生たちの輪から離れたあと、岸辺露伴は、カフェ・ドゥ・マゴのテラス席でビールをちびちびとたしなんでいた。
椅子の下には仗助が射的でとったドラゴンボール数巻と、由花子がとってにやったおむすび君人形がコンビニ袋に入って無造作に置かれている。仗助がかっこつけでに贈ったドラゴンボールは捨ててやろうかとも思ったが、顔見知りの大先輩鳥山明先生に悪いと思い、一応捨てずにおいた。
「あのバカ、こんな中途半端な巻数でもらってホイホイ喜びやがって」
おそらくドラゴンボールが五個集まったくらいまでの話しかこれらの巻に収録されていないだろう。
露伴はグラスに残っていたビールを一気にあおった。
「ウェイターさん、生をもう一杯」
「かしこまりました」
「ああそれから君、よかったらこれをあげよう」
「ええ!?ドラゴンボール!いいんですか?」
「夜店で当たったらしいんだがうちにはもう全巻あってね、サイン付きのヤツが」
「やったー!ありがとうございますお客様」
ティーテーブルに数枚広がっている店のペーパーナプキンには暇つぶしに描いた祭りやぐらと、浴衣姿がいくつかある。スケッチブック代わりにペーパーナプキンの4枚目を引き出そうとしたとき、露伴のケータイがメール受信を報せた。
露伴は片方の眉をあげ、口をゆがめる。
仗助からだ。
写真が添付されている。

「…なんだコレ」

短冊にしなる笹の下で、石仮面くんのお面を顔につけた五人がまとまりなくポーズをとっていた。



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