翌朝、露伴はインタビューを受けるため新宿のホテルへ向かい、承太郎とは昨日と同じ財団のビルに向かった。は移動中の車の中で目を皿のようにしてずっと景色をみていたが、ビルに着いて白い待機部屋に入れられた途端カバンからよれよれのコミックを取り出して、熱心に読み始めた。それきり2時間もああしている。

会議室のモニタでは読んでいる本までは見えないが承太郎には想像がつく。
露伴はあの後もいくつかの予想とそう考える根拠を挙げ連ねた。にわかには信じがたいバカバカしさであり、ありえないと切って捨てるにはあまりに自分たちの能力は“ありえない”ものだった。
「では、この分析結果を報告します。本部の判断がありましたら追ってご連絡しますので」
「ああ」
「いやあ、それにしても日本は蒸し暑いですね。私はスウェーデンの出身なもので。承太郎さんはもうしばらく日本に?ご家族はUSでしょう」
「ああ」
「そうですよね。すみません。私たちでは監視はできてもいざというときに抑止力にはなりませんので、引き続きお願いします。あ、ミスター・キシベにもよろしくお伝えください。わたし彼の漫画のファンなんですよ。できればサインを…というのはスウェーデン・ジョーク」
承太郎が視線をやるとおしゃべりな首席研究員はおとなしくなった。
「…その、ミスター・キシベの見立てだが」
露伴の仮説を伝えはじめるとおしゃべりなスェーデン人が研究者の顔に戻った。






予想どおり、新幹線の同じ乗り口の前で再会した。
露伴のコーディネイトをどぶ川へ放り込む新撰組キャップをかぶり、その横に空条承太郎をはべらせている。
「露伴様」
「大声で呼ぶな」
飼い犬みたいに寄ってきたを手のひらで押しのける。
そして19時30分発の新幹線グリーン車では、太陽が東からのぼるようには露伴の隣りのシートにおさまった。
露伴は今回も、前のシートの上から飛び出た白い帽子をうらみがましく睨みつける。お構いなしには、東京タワーとスカイツリーと新宿の高層ビル群を承太郎様に見せてもらった、ビルのどこかに露伴様がいると聞いて探したけれど見えなかったと嬉しそうに語った。
「外から見ただけでよくそんなに喜べるな」
「とても背が高い建物でしたもの」
「はいはい」
「承太郎様よりも高いのです」
「はいはい」
文庫本を開き、目も合わせずに返す。そんな調子で、乗り込んでから10分ほどはうるさかったが、しばらくするとおとなしくなった。
露伴の腕に頭が寄りかかる。
注意する間もなくは自主的にはっと目を覚まし、姿勢を立てなおした。しかし目は重い鉛みたいに落ちて、かくんと首が下向きに折れ、また寄りかかってくる。
電車でこうしてもたれかかってくる奴は、岸辺露伴がこの世で嫌いな奴TOP5に食い込んでいる。いい加減にしろ、と突き飛ばしてやりたい衝動を、しかし露伴はこらえた。
起こしたらまたあの面白くない東京観光のみやげ話だ。
どちらがましか。



「もう着くぞ」
21時10分、揺すると一応目を開いた。
肩にもたれかかっていたことをいつもなら真っ先に謝るだろうに、ぼうっとして反応が鈍い。
「置いて行くからな」と承太郎にも聞こえる声で言って本当に置いて行くと、承太郎が連れて降りてきた。承太郎の服のすそを何の気兼ねもなく…おそらく、寝ぼけて掴んでいる。
「ではこれで」と短い挨拶で、駅から別々のタクシーに乗り込んだ。
はあっという間に船をこいで眠り込む。東京観光でよほどはしゃいだのか、緊張疲れかはわからない。
シートベルトのおかげて今度はもたれかかられることもなく、露伴はひとつ息をおとすと、とっぷり夜につかった空を見上げた。
大きな月がある。
連鎖的に深夜の嫌な会話が思い出された。



「五人目の求婚者はきっとぼくかあなたですよ。そのうち偽物の子安貝を贈りだす。残った一人が姫と恋に落ちる帝役だ」
「すでにやった」
「はい?」
「学会からサンプルとして送られてきた新種のタカラ貝がニセモノだと連絡があって、それをあいつにやった。帰る途中、仗助たちと海で遊んでいるうちに落としたと。地方では子安貝と呼んでいるものだ」
「…へえ。ということは嬉しくもなんともないが、帝役はぼくか」
「先生はかぐや姫を拾った竹取のじじい役じゃねえのか?」
「はァ!!?」



そんなわけねえだろチキショウ

「おい起きろ、起きろったら。ぼくがじじいに見えるか?」
「…ん」
がくがく振って揺り起こすと、その様子を運転手がミラーでちらっと見て目を丸くしている。
「いいえって言え」
「…ひぃぇ」
「よし!」



<<  >>