寝てなどいられない。
露伴は仕事机でペンを執り、構想ノートを叩き開いた。
岸辺露伴の分析によれば、は自分に少なからず気がある。
しかし、もうひとりのかぐや姫たるが、仗助を好きになれと叫んで操作しようとしているのだ。
だとすれば、
露伴がその声よりもさらに強い意思表示とわかりやすい行動とを以てしてを自分に惚れさせてしまえば、刻まれた竹取物語の不文律は崩れ、クソ生意気なスタンド能力は狂い墜ちる。
ヘブンズ・ドアーで岸辺露伴を好きになると書くのは簡単だ。
だがそれでは打ち勝ったとは言えない。
だから使わず勝利する。
絶対に勘違いをするな、別にに好きになってほしいわけじゃあない。
他人に心の在りようを操作される底なしの侮辱に、この露伴、膝を折ることだけは我慢ならない。ただそれだけだ。
「よし、よし、そうだ…!強い意思表示とわかりやすい行動だ!」
ノートにかじりつき、目にもとまらぬ速度でペンは走る。
見ていろ、スタンド、そして。ついでに仗助!
大人の男の魅力で貴様をめろめろにしてやろうじゃあないか。
いや、スタンドと仗助はめろめろにしないが。

「竹取の翁はかぐや姫をとりに行くぞ!」






善は急げ、風呂上りにはこうだ。
髪を拭き拭き出てきたとすれ違いざま、その細い手首を優しく引き止めて、耳元で囁くように
「いい匂いだな」
露伴は作戦を細かく書きつけた構想ノートをズボンの後ろに差し込み、脱衣所の前の廊下で待ち伏せた。
ドアが開き、が髪を拭き拭き出て、きたぁ!とばかり、露伴は飛び出し、と対峙した。
すれ違うはずが、対峙しちゃった。
「…き、君ぃ」
声はひきつる。
は見上げる目をしっかりとあわせたが、深い色の瞳の奥に気まずい色がおびえている。
その手首をつ、つか、
「どうか、なさいましたか」
手首、を掴、つ、つか
「お顔が真っ赤に」
「く、臭いんだよバカッ、もいっぺん風呂に入って来いっ!」
を脱衣所に押し戻し、ぴしゃんとドアを閉じ、露伴はドアに両手をついて声もなく絶叫した。

おお?
おおお?
おおおお???

しばらくそうして、中からはことりとも音がしないのに気付くとはっとして
、ちょっと待て。今のは違う、傷つくなよ?違うからなっ」
と声をかけ、露伴は作戦を練り直すためダッシュで仕事部屋に戻った。

組んだ手に額を寄せて沈思する。
「おかしいな」
見開き6ページに渡って一行と間をおかず書きつけた力強い意思表示とわかりやすい行動例の数々。セリフ、シチュエーション、声のトーンとリズムまでしっかりイメージできている。
さてはさっきのは、また見えざるスタンドに行動を操られたのに違いない。
次は
「ぼくと同じにおいがする」
と優しく、どこか妖艶に微笑を浮かべたならのヤツはドキっとして「ろ、露伴様…」とか言いながらまつげを伏せてもじもじする。うん、イメージは完璧だ。完璧をなおも完璧に研ぎ澄ますべく、再び脱衣所の前に向かう間もイメトレを繰り返す。
「ぼくと同じにおいがするぼくと同じにおいがするぼくとおなじ」
脱衣所のドアの前に立った時、閉じたままのその向こうからシャワーの音が聞こえ
「違うって言ったろうがぁ…」
露伴は膝をついてくずれた。






その晩寝ずに計画を練り直し、一冊のノートがくまなく埋まった。
シチュエーションをイメージするにあたって文字に加え漫画家なので絵も多用したわけだが、新聞配達の苦学生自転車がまわってくるまでかかったのは、自分の描くに納得がいかず何度も書き直しに時間を要した、といのも一因にある。
だがその甲斐あって計画は綿密にして正確無比、寸分とて狂う気がしない。

まず朝だ。

はいまだに朝4時台の語学番組を楽しみに、使いどころのないイタリア語を毎朝テレビに向かってつぶやいている。そこに、漫画を夜通し描いて休憩しにきた岸辺露伴が通りかかる。
は昨日のこともあるのでテレビを消して、それでも無理に笑顔を作って「おはようございます、露伴様。お疲れでいらっしゃいますね」と楚々として立ち上がり、露伴がひとりでゆったり過ごせるように退くだろう。それをリビングの入口でつかまえるわけだ。こう、むこうのまあるい肩を手のひらで包むように。「相変わらず早いな。見ていてかまわない」「え///」「君がいたほうがいいんだ」「露伴様…」
こ・れ・だ!
露伴はが静かに階段を折りだした音を耳をぴくぴく動かし聞きつけると、電光石火、椅子を倒して立ち上がった。
「フ、フフフ…目にもの見ていろよ」

「ケッ、ずいぶんと早起きだなぁ。年寄かよ」
大きな瞳を瞠り、いままで無理に微笑ませていた表情を白く失くして、幽霊のように音もなく露伴とすれ違い、今しがた屋根裏に吸い込まれていった。
気づけば露伴は仕事場で組んだ指に額を寄せて笑っていいともの時間を迎えていた。
その夜までに二冊目のノートが文字と絵図で埋め尽くされた。

掃除、毎日大変だろう。手伝ってやる
「あーあ、もういいよ。…もしもしダスキンさんですか?ちょっと掃除を頼みたいんですけど」



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