露伴はちっとも面白くないが、は射的もお化け屋敷も、文化祭の異様なテンションも大いに楽しんでいるようだった。

ミスぶどうヶ丘コンテストと「康一くんがいない明らかな八百長」イケメンコンテストも立ち寄った。
ノミネートされた数名の写真の下に投票箱があり、そこに投票用紙を入れる仕組みらしいが、イケメンコンテストは東方仗助の箱だけすでにパンパンに膨れ上がっており、紙を力ずくでねじ込まない限りは入らないというありさまだった。
「あのクソッタレ嘘つきハンバーグ頭のなにがいいんだか、理解できん」
と反吐を吐く露伴の横で、が投票用紙を力ずくでねじ込んでいた。



は、パンフレットを熱心に眺めて次はどこに行こうかしらとにこにこしている。
知り合いのうち、あと行っていないのは
「仗助様の教室は2年C組です、通り過ぎてしまいましたね」
「あのクソッタレのところにだけは行かないぞ」
「露伴様、お腹はすいていませんか」
「仮にすいていたとしても仗助の不衛生な手で作る不衛生な料理なんてご免だ」
廊下で問答していると「あのぉ」とメイド衣装を着た女子生徒が声をかけてきた。
「東方仗助くんのお知り合いですか?いま、仗助って聞こえて」
露伴をうかがい見るとにらまれたので、さっとに視線を移した。は優しい笑みをしてこくりと女子生徒にうなずいた。

「やっぱり!ご主人様とお嬢様二名お帰りでーーーす!おかえりなさいませー!」

「「「おかえりなさいませご主人様、お嬢様ァーっ!」」」

らっしゃあせーっ!のノリで威勢よく引きずり込まれた教室は2年C組だった。

執事服、メイド服は高校生にしてはよく頑張ったと言える出来だった。
買ったら高いだろうから、似たような安い服を買ってレースや燕尾に見える布をとり付けたのかもしれない。テーブルクロスにも努力が見えるが、椅子はどう見ても教室の椅子だった。重厚な雰囲気を出すために暗幕を壁に貼り付けてあるものの一部しか貼れていないのを見るに、お化け屋敷の教室に暗幕じゃんけんで負けたのだろう。紙の花や折り紙の輪でなんとかにぎやかにしようとしているが、つければつけるほど陳腐になり、しかし作り手も一生懸命、良かれと思ってやったことだ。執りまとめをする文化祭実行委員は取れとも言えなかったのではあるまいか。
悲喜こもごも、大人の世よりよっぽどいろいろな種類の感情が、混じらない色のまま学校という一つの狭いパレットの上に乗っている。面白い。
パチリとシャッターを切った。

「仗助様はいらっしゃいませんでしたね」
「ああ、よかったよ。取材代にコーヒーの一杯でも飲んで行ってやろうという気になった」
の肩越しに壁に張ったままの時間割表を撮る。
露伴はドリップコーヒーを、はオレンジジュースと萌え萌えハートクッキーとやらを注文した。が食べるわけではないが、注文しなくてはあやしまれる。注文をとると執事の恰好をした男子生徒が運動部とわかるダッシュで廊下に駆けだして行った。
「ここで作るわけじゃあないのか。そこの君、彼はどこへ行ったんだ?」
「家庭科室ですよ!…ご主人様。保健所がすっごいうるさくて、教室で作るのはNGなんです。ご主人様」
とってつけたような「ご主人様」だ。
「あ、お客さ…ご主人様とお嬢様って仗助君の知り合いなんですかぁ?」
「ああ。あいつのいとこのはとこの叔父の曽祖父がぼくの父の祖母と懇意でね」
「遠っ。お嬢様は?」
「…同じ英語教室の生徒です」は緊張気味に帽子のつばで顔を隠す。
「へー、そうなんだあ。仗助くん昨日の、ぶど高祭一日目はホールだったんですけど、仗助くんの執事人気ありすぎちゃって午前中で材料全部なくなっちゃったから、担任がキッチンにまわせとかってなってえ」
メイド設定がすでに消え、話し相手の女子生徒はきゃらきゃらと笑う。
「ハッ、理解できないな」
「えー?理解できるしむしろ理解しかできないし。仗助君のコスプレ見たくて衣装なんてほかのクラスの子が作ってくれたんですよ!仗助君の執事服すっっっごいかっこよかったぁ~ん」
お祈りポーズで手を振り振りし、閉じた瞼の奥で昨日のことを反芻しているのだろう。露伴は理解できないし理解しようともしないが、は不思議な顔をしていた。
表情もなく、しかしじっと女子生徒の話を聞いている。
自分だけに夢中なはずの“帝”がみんなの仗助様だったことを初めて実感し、広い世界に衝撃でも受けているのかもしれない。もしそうなら、「衝撃」の正体をもっと詳しく知りたい。

ふと廊下が騒がしくなった。女子生徒の黄色い声を引きずって
「コーヒーとオレンジジュースとクッキーお待ちぃー……」
帽子こそつけていないものの全身コック服の仗助が廊下から顔を出した。コック服についたTのボタンに見覚えがある。レストラン・トラサルディーのトニオに借りてきたのだろう。
「きゃ!仗助くん、コックさん姿もカッコイイ!写メとらして!カメラ、カメラ…ヤバイ体育館置いてきた!」
露伴のテーブルを見た瞬間、仗助は時を止めた。
唇が波うち、弾けるように笑いたそうな顔をこらえて早足に寄ってくる。
お盆をぞんざいに露伴の前に置き、オレンジジュースを手に取ると、おもむろにの前にひざまずいた。

「お飲み物をお持ちしました、姫様」

笑うこともなく、じっと見上げる真剣な瞳にが重ねる。

「…ご苦労であった、仗助」

言い終わると、からまじめな顔そくずしていたずらに笑った。仗助のほうはそんなに上手につくろえず、体の芯をはしった電撃のあまり「ハ、ハハ」と笑う唇が小刻みに震えている。
「おい、そこの不忠の下僕」
明らかに悪意のこもった声音に、仗助が振り向く
「先に給仕するのは姫様じゃなくてご主人様にだろうが。それが礼儀ってもんだぜ。ほら言えよ、ご主人様、だ」
「へえ、旦那さま」
「なんで丁稚なんだよ!」












由花子と康一が2-Cのメイド喫茶を訪れ、店番をしていると客が寄りつかないという理由から億泰が勘当され、未起隆がついてきて、最後に仗助が当番の時間を終えて合流した。
しかしその頃には、文化祭ももう終わりに近づいていた。
飲食店の材料は底をつきはじめ、校庭では後夜祭の準備が始まっている。廊下にはチラシに使ったわら半紙が散らばり、吹奏楽部の文化祭ラストコンサートは立ち見でももう入れなかった。

写真部だけは「ポラロイドで写真とりマス 100円 制服コスプレは+100円」のA4わら半紙一枚を扉に貼り、地学室でひっそりと活動していた。
地学準備室でぶどうヶ丘高校の制服に着替えたと、われ関せずの態度だった露伴も仗助が無理やり引っ張り込む。

「それじゃあ撮りますよー。1たす1はー?」



写真部はイケメンコンテストとミスコンの写真撮影をしなくてはいけないと言って、まだ何も映っていないポラを渡して、地学室を慌ただしく出て行った。
だんだんと像が現れてきたポラロイド写真ではみんななかなかにいい表情をしている。露伴だけはツンとしているが、それもそれでらしくてまあいいだろうと、仗助は思った。
は、はじめて教室で手のひらに乗せて写真を撮った時よりも、ずっと自然に、幸せそうに笑っていた。
この写真が欲しいと、仗助は強く思った。

「この写真をください」

が珍しくはっきり口にした願いに、仗助は驚く。
「かまわないだろ、持って行けよ。もう帰るんだから早く着替えてこい」
見渡した由花子も康一も億泰も未起隆も、もちろん仗助も快くその願いに応えた。
が着替えのために準備室に引っ込むと、地学室の机に腰を預けて露伴が言った。
「悪いな。あいつはあと4日でいなくなるから餞別だ」
「え?」
「まさかっ、スピードワゴン財団が連れて行く日が決まったってことですか!?」
「いや、月にかえる」







仗助たちが本心から信じたかどうかはわからない。
露伴自身すらいまだに半信半疑なのだから。
後夜祭があるという高校生を置いて、とともにひぐらしが鳴く長い長い坂道を下っていく。
歩いているだけで汗がにじみ出てくる。
前を軽やかに行くは顔を見られたくないだけなんじゃあないだろうかと、少女マンガみたいなことを露伴は思った。

きのう、
は十五夜の9月19日に月から迎えが来て月の都に帰らねばならないのだと、露伴に告げた。
またあのおかしなかぐや姫がしゃしゃり出てきたのかと身構えたが、は「だから明日、思い出作りに仗助様たちの学校のお祭りへ行っていいですか」と勝つ確信をもった取引をもちかけて笑ったから、のまま言っているのだと知った。
どうやって帰るんだと尋ねると、「月から遣いが参ります、本当に」と言った。

踏切が鳴りだし、が遮断機の前で立ち止まる。
電車が来る。
並び立った露伴がいない方角へ顔を向けている。そっちからは電車は来ない。
の向く方向へ電車が轟音を軋ませ走り去った。
過ぎたあとの風が髪を大きく舞い上がらせ、余韻に浸る間もなく遮断機があがった。
逃げるようにが前へ歩き出さなかったのは、露伴が手を握ったからだ。
恋人つなぎじゃあない。
互いの手の甲に親指が乗るだけの、四本の指に、四本の指を感じるだけのつなぎ方だ。
このほうが、結んでいるときも、はなすときも痛くない。














ぶど高準ミスの山岸由花子は見つからなかった。
イケメンコンテストのグランプリ、東方仗助も行方不明で全校生徒を大きく落胆させた。
しかし、火を囲み手を取り合ってダンスする後夜祭が始まれば、相手が山岸由花子でなくても男子はドギマギし、相手が仗助でなくても女子は胸をきゅんと高鳴らせた。
スタンドなる奇妙な守護霊をその身に備える彼らは、明かりのない地学室から火柱のはるか上、変わらず佇む月を見上げていた。
月の形がまもなく満月を迎えることを報せている。

誰かが「帰るってなに」と誰にともなく尋ねた。

「竹取物語なら、月からの使者がかぐや姫を連れて行くわ」
さんかぐや姫って名前じゃないじゃん」
「それに、月に生物はいません」
「じゃあ何が来るんだよ」
「宇宙人?」
「そんなはずはないです。もしそうならぼくの宇宙船のセンサーが感知して」
「未起隆っ、オメこんなときまでそーいうのやめろよ」
「億泰くん」
「普通に考えたら、ありえないわ」
さんは竹取物語のお話と同じに小さい姿から急に大きくなった。普通じゃありえないことは知っている。スタンド能力はその存在自体“普通”じゃあないんだ」

「おれたちが追い返す」

これまでずっと黙っていた仗助が初めて重い口を開いた。
「相手がスタンドなら、こっちもスタンドだ。数だって多い、どんな手だって使ってやる」
ダイアモンドみたいに光る強い瞳が、月を睨んだ。



「あの死んだ石っころからさんを守りきるんだ」



<<  >>