ミスタは口をポカンと開けて、旧ランカッチョ宮殿の天井をぶち抜いた巨大な木の幹を見上げた。
「どうすんだ、コレ…」
この前、どれだけ大きな物まで作れるのかと興味本位でジョルノに聞いてみた時には「ゴールド・エクスペリエンスのやる気によります」と答えたが、するってえと
「どんだけやる気あんだよ」
爆発よりも激しく広間をぶっ壊している 木は見なかったことにして、現場にいても逃げてもその場にいたことは隠しようがないからと、ひとまず控室に引っ込むと、来た時とは打って変わって、ジョルノはを拘束しなかった。
「なあなあミスタ」
ナンバー7がつっついてくる。
パーティー会場で奇跡的に埃をかぶっていなかったピッツァを右手に、カプレーゼを差したホークを左手に持ち、交互にほおばりつつミスタは生返事を返す。
「どうしちゃったんだあの二人」
「急にしっぽりしちゃって、まあ」
「オレが知るかよ。さっきから日本語でしゃべってっし」
同時に首をかしげるミスタとピストルズから少しの距離を開けて、ジョルノはの足元に跪き、足に刺さっていた小石を丁寧に取り除いていた。
が“何でできているのかわからず”治すことはできないから、傷口を地道に消毒して絆創膏を貼っていく。
「そうですか、あなたはあなたそのものが、別のスタンドが作り出した副産物、というわけですね」
かぐや姫と言われて見ればそう信じたくなる容姿である。
「その副産物を人にしようと日本の仲間と一緒にぼくに会いに来た、と」
「はい、そうです」
「一緒に来たのは、あなたのボーイフレンド?」
はぽっと頬を赤くして首を横に振った。
「友達です、大切な」
「それじゃあ恋人はいないんですか」
「え」
「好きな人は」
「い、います」
「名前は」
「え」
「名前」
「あの、露伴さま、です」
「日本に?」
「日本に…」
たたみかけられて思わず答えたが、はジョルノの意図が分からずちょっと困惑している。
「なぜロハンは一緒に来なかったんです。恋人の一大事でしょう」
「露伴様とは、すこし、ケンカをしまして…」
「ふうん」
「でも」とは顔をあげた。
「露伴様はきっとその怒りの感情すらマンガを描く原動力にして、今頃は魂を削るようにすばらしいマンガを描いていらっしゃいます。そう確信があるのです。そしてそのマンガは数多のひとびとの魂を掴み、心を揺さぶるのです」
この信を得ていた露伴はしかしその頃、ベッドにうつぶせに倒れ込み両足を激しくバタつかせていた。

「くっそ!くっそ!なんで行かせたんだクッソ!この岸辺露伴があんな紙女のことを心配しているだと!?ハッ馬鹿じゃあないのか!?…っっっっちきしょうちきしょう、くっそー!ああ!してるよ!心配してるよ悪いかこのやろう!なんで行っちまえなんて言ったんだ!クソ!クソッ!!」

そうとは知らず
「あの方を尊敬しております」
と結んでから、はいまの過ぎた発言を思い出して気まずく目をそらした。
ジョルノはしばらく黙り込み、目立っていた膝の傷に絆創膏を張り終えると膝の上にあったの手に、自分の手を重ねた。
「あなたは、いい人だ」
本当は最初からわかっていたことだった。
「いいでしょう。ぼくのスタンドであなたを人間にしてあげます」
はっとして口を開こうとしたの唇にジョルノは伸ばした人差し指をあてた
「ただし、条件があります」
「…」
「あなたとあなたの仲間がSPW財団の支援を受けているならば、あなたの仲間はもうすぐ近くまで来ていると見て間違いない。けれど、今夜は彼らには会わずにぼくの寝室にいてください。イエスと言ってくれれば、ぼくは約束をたがえない。二つに一つ」
説明しなくてもはその意味を理解していた。
「簡単なことだ。あなたの覚悟を聞いている」
「友達に会います」
の声にも表情にも一切の迷いはなかった。ジョルノはすごむ。
「本当にいいんですか。それを選ぶならあなたはもう二度と人にはなれないんですよ」
「それは、わたくしのなりたい人の姿ではないから」






***



石造りの廊下の向こうに互いの姿を見つけ、小さく口が開いたが声よりも早く仗助は走り出し、の背が背後の壁にぶつかる勢いでその体を抱きしめた。足元では高級そうな絨毯が仗助の立ち止まった衝撃でたわんでいる。
肩で息をするほどなのにを抱きしめた仗助の腕は彼らしく優しかった。
存在を確かめるようにの髪を撫ぜ、仗助の頬がのひたいの横にぴたりとくっついた。汗をかいて冷えた頬の温度に、常の仗助ならばとてもではないがしないだろう大胆な振る舞いに、どれほど心を砕いていたのかは思い知った。
「ご心配をおかけしました」
仗助は何も言わない。
「わたくしは大丈夫です」
やはり仗助は何も言わなかったので逆に心配になり、手を伸ばし、リーゼントを崩さないように仗助の頭のうしろを撫でようとしたところで、仗助の腕にさらに力がこめられた。
少し苦しい
「…よかった、ス。無事で」
ようやく声が聞こえると、仗助は身体をゆっくりはなした。
ジョセフ・ジョースターゆずりの大きな目を潤ませ笑みを作って、静かな声でいう。
「どこも痛いところないですか」
その男の美しさに思わず息をのみ、は「はい」と答えるのが一拍遅れた。
「あ!さんいたー!おーい康一、由花子!そっちじゃなくてこっちこっち!いた!」
旧ランカッチョ宮殿の別の廊下へ進んでしまっていた康一たちを大声で呼んで億泰がえっさほいさとこちらへ走って来た。
「あーよかったぁ、さん見つかって。ん?なんだ仗助ェ?まさかおまえ泣いt「クレイジー・ダイヤモンド・パンチ」
億泰は目にもとまらぬはやさで右の壁に吹っ飛んだ。
「お、億泰さまっ」
「だいじょぶッス。あいつちょっと鼻血出てたんで、止めました」
仗助は不器用に笑って見せた。
「ドレス、めっちゃ似合ってるッス。綺麗」
「その方がロハンですか」
控室に続くほうの廊下からジョルノ・ジョバァーナが姿を現した。
そこへさらに康一と由花子も走ってやってくる。

「よかったー!さーん!て、ええ!?あれは、ジョルノ・ジョバァーナ!」
康一は目をまん丸に剥いて足をとめ、ともかく由花子を下がらせた。
「由花子さん、あ、危ないかもしれないから前にでないで」
「康一くん…ステキ」
「承太郎さん経由でジョースターさんにハーミット・パープルをお願いしてようやくこのお城にいるってわかったのに、たどり着いたと思ったら、ジョルノ・ジョバァーナ!なぜ君がここに!?」
廊下の先ではを探していた日本の不良と、をさらっていたイタリアの不良が対峙している。
一触即発のにらみ合いだ。
しかもその横では億泰が壁に埋まってお尻だけ突き出している。
さん、はやくそこから逃げてェ!!」
皮肉にも力の限り叫んだこの声が仗助とジョルノの両方をつき動かしてしまった。
「はじめまして。東方仗助です」
「こんばんは。ぼくはジョルノ・ジョバァーナといいます」
ぺこりと頭を下げる日本式の丁寧なあいさつが交わされて、康一は絨毯ですべって転んだ。



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