見た目に反して優しい仗助と、“いい人”に対しては礼儀正しいジョルノの邂逅はあっけないほど平和に終わった。
タクシー運転手に襲われたところを助けてくれたとが説明するとすみやかに誤解は解け、仗助はの体についていた小さな傷もひとつ残らず治し、ついでに半ば崩れかけていた旧ランカッチョ宮殿の広間も直した。ジョルノはお礼にと、場所をパッショーネのアジトに移して、おすすめのイタリア料理を会議用の円卓からあふれんばかりに並べて振る舞った。少し遅い時間だが、ドン・パッショーネの頼みならばと近所の料理人たちが自慢の腕を振るってくれたのだ。
空腹の高校生たちはあまりの美味しさに歓喜の悲鳴をあげた。



スパゲッティを頬張ったまま延々メンチを切りあっていた億泰とミスタを康一がようやく引き離した頃、ジョルノはきれいに組んでいた足をほどき、立ち上がった。
「さて。そろそろ。あなたはこちらへ」
その言葉は、たのしい食事の風景をにこやかに見つめていたに向けられていた。
「なにかご用でしょうか」
「なにって、あなたを人にするんですよ」
その言葉にだけではなく、康一と仗助、億泰も言葉をとめて振り向き、持っていたピッツァをべちゃりと取り落とした。由花子だけは何事もなかったように静かに色鮮やかなトマト料理を口に運んでいる。
「二つに一つ、と」
そういう話だったはずだ。
ジョルノはうなずいた。
「そうです」
「では」
「もしあなたがあの時、友達を捨ておいて人間にしてくれと言ったなら、永遠にこの能力は使わないつもりでした」
は、席の横に立ったジョルノの顔と差し出された手のひらを見てから、一度目を閉じ深く息をした。が伸ばした手と重なる直前で、円卓に声が響いた。

「待って」

康一だった。
「ジョルノも、さんも、少し待って」
とりわけのまなざしに康一はすまなそうに目をそらしたが、すぐさま頭をふって自らを奮い立たせた。
「僕たちはね…さんを人間にするために一緒についてきたんじゃあない。本当は、人間にさせないためにここに来たんだ。ごめん」
は少なからずショックを受けた様子だったが、続く康一の言葉をじっと待った。
「露伴先生からもそう頼まれた。ジョルノ、君が作り変えた後、さんがさんでいられるって保証はどこにもないんだろ。うまくいくとは限らないんだろう」
ジョルノは自分の手に目を落とし、握って開く動作を二度した。
「できると思う」
「思うって、てめェ」
億泰は椅子を倒して立ち上がる。
「そんなんでさんの命まかせられっかよ!」
「このスタンド能力はぼくの精神に呼応します。みなぎっているときはどんなに緻密なものも、大きなものも作り出せる。反対に散漫な時には紙飛行機だって鼻をかんだちり紙みたいになってしまう」
ジョルノはこぶしをぎゅっと握って自らの学生服の胸をつかんだ。
「いま、満ちている」
「てめえのテンション一つでどう信用しろってんだ。由花子も食ってねえでなんか言ってやれっ、お前一番怖ぇんだから」

「決めるのはだわ」

ぴしゃりと言って放ち、振った億泰は「そうだそうだ」と言いかけて、思いもよらぬ言葉に目を丸くして由花子を振り返る。
「あなたは去年までテレビのことも学校も知らなかったけれど、「人に作り変えられる」なんてことしようっていうのにうまくいかなかったときのことをひとつも想像しないで物事を決めるような考えなしじゃあない」
案外ネガティブだしね、と由花子は付け加えた
「それでも人になりたいと言ってここまで来るくらい、したいことがあるのね」
は胸いっぱいに息を吸って「はい」と答えた。







「隣の執務室へ。みなさんはここで待っていてください。集中したいので」
そう言い置いてを連れて部屋を出て行ったジョルノをぞろぞろと全員が追いかける。ジョルノは小さくため息をおとした。
「では、扉の前に」
康一、由花子、億泰、仗助は閉じられた重厚なしつらえの扉を背にして立った。
「なんだなんだ、どいつもこいつも暗い顔して」
日本語での会話はわからなかったが、言葉の調子と表情でなんとなくコトを理解したミスタは先輩風をふかして、腰に手をあてた。
「よくわかんねえけど、ジョルノのやつが“やる”つったんだろ。じゃあ大丈夫だろ」
「そうでしょうか」
「なんだ、おまえイタリア語しゃべれるのか。康一つったっけ」
「本当に…その、大丈夫なんでしょうか」
「あいつはやるといったらやる。そういう男だ。…なんたってブチャラティだってそう言うんだから」
ミスタは一瞬なにかを思い出すようにとおくを見たが、すぐに向き直ってニッと歯を見せて笑った。
「心配すんなって」
これを聞くと康一はぎゅっと目をつむり、胸の前で指を組み合わせた。
今できることは祈ることだけだ。由花子と億泰も康一に続いた。
けれど、仗助だけは手をあわせず、目を閉じることもしなかった。
“祈る”なんてあやふやなものにを託すことは仗助にはできなかった。
何かあればいつでもこの扉をぶち破って、の魂がを離れてしまう前にすべてを元に戻す。
その覚悟だけを持って仗助は立っていた。






***






ひじ掛けのある執務用の椅子の前にもう一脚椅子を置き、そこにを座らせた。
以前この部屋にあった動物の首の剥製はすべて鳩に変えて窓から逃がした。それとほとんど同じことをするだけなのに、ジョルノは自分が少し緊張していることを自覚していた。
生命を与えて人にする、という傲慢な行為に臨むからなのか、単純に目の前のこの女性を魅力的なひとだと思っているからなのかは、意識的に考えないようにした。
「目を閉じて」
その必要はなかったが、あのまなざしを向けられると平静ではいられない気がした。
は素直にまつ毛をふせる。
おとぎ話のお姫様の頬に手をそわせる。その手にはすでにゴールド・エクスペリエンスの姿が重なっていた。

「ぐらっつぇ、ジョルノ様」
「いえ」
「なにかお礼を」
「別にいいですよ。今日一日であなたを守ったけど攫いもしましたから。仗助君にぼくが壊した城も直してもらいましたし」
「掃除とお洗濯」
「いいですって」
「チョコレート」
「…それじゃあ、うまくいったらぼくとデートを」

親指でやわらかくて冷たい唇をなぞって返事を封じた。

「あなたの望みをかなえる」

ふと、
このまま何もしなければ、このひとはこのうつくしい姿のまま永遠に生き続けるような気がした。

「ぼくのスタンドは生命を与えるのに、あなたには死を与えるようだ」

―――ゴールド・エクスペリエンス

寄せた唇は寸前でわずかにそれて、唇のはしにくちづけを落としただけで終わった。
この意気地のないくちづけではゆっくりとまぶたを開いた。
音も光も一切の痛みもなく、本物の血液が脈打ち始めた自らの手のひらを見つめている。
できる限りやさしい声でジョルノは言う。

「終わりましたよ」

そのとき、白い手のひらに血が落ちた。
不思議そうにジョルノを見あげた顔は両方の鼻から血を流していた。
みるみるうちに蒼白になり、瞳孔がひらいていく。

「そんな、どうして!うまくいったはずなのにっ」

声も上げられずに椅子から転げ落ちた体をささえると、ジョルノは扉へ向かって叫んだ。



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