きのうの一件でチーム日本は三人仲良く医務室送りとなった。
包帯が一番ぐるぐる巻きになっている紅丸は手鏡をのぞきこんでは
「あー、俺様の美しい顔が」
と嘆いている。
大門は片手で本を読みながらダンベルを動かし、三人のうちで一番重症の京に至っては、逆立ち状態から右手の親指だけで垂直に腕立て伏せをしているから、三人とも常人ではない。

医務室の扉を律儀にノックする音があり、リョウが顔をだした。
「よう」
京がぶっきらぼうに言う。
お互い見舞ったり見舞われたりするのはガラではない。なにか用事があるのだろう。そう思ったが、リョウは中に入ってこない。
「なにしてんだ」
そのかわりに、が杖をついて入って来た。
垂直腕立て伏せをやめ、目で追う。
視線には会釈で返した。
「ごきげんよう」
「…ごきげんよう」
京は棒読みでオウム返しし、大門もうなずいて返す。
杖をつきつき、向かう先は奥のベッドの紅丸だ。
紅丸はモデルとは思えぬ間抜け面で口を開けていたが、が到達する直前で仕切りのカーテンを閉め切った。は遠回りして逆サイドからベッドに近づこうとするが、そちらも閉め切られる。
京が頭をかき「あー」とあさっての方向にいう。
「風呂行ってくる」
大門も無言であとに続いた。
医務室を出たところで、扉の影に車椅子と一緒にリョウが下を向いて立っていた。
自分が一緒に行ってはお邪魔虫だろうとリョウが考え、心配をかけるから歩いていくとが決めた。
頬をひきつらせて苦笑したその肩を、大門は一度たたいた。



報せるなと言ったのに。
閉め切ったカーテンの下に見える上品な靴と杖を見て、心の中で毒づく。
紅丸はが倒れている間に試合が終わってよかったと思っていた。
3組ともリョウの試合より派手な流血沙汰になったから、また倒れられたらたまらない。紅丸の血では倒れなかったらそれはそれで、なんともいえないくやしさが背中を噛む。なにより、ボロボロになっている姿をこの人に見られるのが理屈抜きに嫌だった。
「…傷が痛みますか」
カーテン越しの心細げな声に降参し、カーテンを開けた。
「そこに座って」
紅丸にしては冷たく言ってベッドを示す。
「試合で大怪我をしたときいて」
「そりゃあ怪我くらいするよ。KOFなんだから。大したことないけどね」
「そう」
「そちらこそ、二日も寝てたって?」
「もう大丈夫」
「それならよかった。俺ももう大丈夫だよ」
まなざしに追い詰められる。
「俺は一番軽傷なんだ、本当に。さっきの京のやつを見たろ。一番重傷であれなんだから」
納得したようには見えなかったが、話を切り替えるように一輪の青い花が差し出された。
「なにこれ」
「お見舞いに。ニュートンを置いてくれたのはあなたでしょう」
手慰みに、茎をつまんで指でまわしてみる。
「外でいただいたの、勿忘草の花」
「ふうん」
デートをしていたわけだ。
リョウめ、これで敵に塩を送ったつもりか。
さ」
こちらは負傷しているわけだから、たしかに送られた塩がひどくしみる。
「俺がむかし好きだったって知ってた?」
虚を突かれ、よそ行きの微笑みが凍ったのを見た。
しかたのないことだ。
色っぽい思い出などひとつもないことは紅丸自身が一番理解している。
「変なこと言ってごめん」
「ううん」
「ま、俺も君が入院して学校に来なくなってからすっかり記憶からすっぽ抜けてたし、そのおかげで素敵な女神たちとすばらしい恋をたくさんできたわけだから、気にしなくていい。さ、もうお行きよ。無敵の龍が弱キックで死にそうな姿で待ってるだろうから」
立ち上がったにひらひらと手を振る
「お大事に~」
「あなたも」
コツコツと杖をつく音が離れていき、止まった。
「私が目標の紙に宇宙飛行士と書いて、笑った男の子たちを紅丸が蹴った日」
カーテン越しの声がいう。
「よく晴れていました」

が医務室を出ていき、紅丸はベッドに倒れ込んだ。
恥ずかしくてまぶしい記憶が、強風に本のページがめくられるように次々よみがえってくる。
いまの自分の心臓の血液製造量があれば、今夜のうちにも全快することはもはや間違いなかった。



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